【動画と講演録】核兵器と原発 日本が抱える「核」のジレンマ」(講師:鈴木 達治郎・長崎大学核兵器廃絶研究センター長・元原子力委員会委員長代理2019/2/9神戸)

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   鈴木さんは東京大学工学部原子力工学科卒の原子力専門家で、2010年1月から2014年3月まで原子力委員会委員を務め、委員長代理にも就任した経歴を持つプロ中のプロである。また、福島第一原発事故を招いた我が国の原子力政策への反省と今後のとるべき方策について、原子力専門家の立場からの各種提言もおこなっている。さらに、核兵器と戦争の廃絶を訴えるパグウォッシュ会議の評議員も務めるなど、核兵器廃絶を目指す立場を明確にしている。
   この日の講演では、大きく分けて5つのテーマについて解説がなされた。1つ目は「核兵器と原発は切っても切れない関係」。2つ目は「世界の原発開発事情」。3つ目は「解決すべき各種課題」。4つ目は「核兵器の脅威増大」。5つ目は「核のジレンマを乗り越えるための政策イニシアチブ」という内容である。

①核兵器と原発は切っても切れない関係
  米国のアイゼンハワー大統領が1953年の国連演説において「これからは核エネルギーを『死』ではなく『平和』のために使う」と提言した。米国は従来、核戦争を防ぐ観点から核物質や核技術を自国で独占する政策をとってきたが、ソ連も核開発をしていることから、独占状態を維持することは無理だと判断し、「核の平和利用」の名のもとに、査察等の条件付きで世界に開放する方向に舵を切った。
 核エネルギーは、化石エネルギーに比べて極めて巨大である。わずか1グラムのウラン235は、石油1トンに相当する膨大なエネルギーを生み出す。これは石油の100万倍に相当する。これで「エネルギー問題を解決できる」と考えた科学者もいれば、残念ながら「世界を征服できる」と考えた科学者、そして政治家や軍人がいたに違いない。ただ、当時は、世界戦争(第二次世界大戦)の真っ最中だったため、核兵器として使うほうが先に動いてしまった。
 核と原子力には共通点と相違点がある。核兵器は、キログラム単位の高濃縮ウランもしくはプルトニウムを瞬時に反応(核爆発)させて膨大な破壊力を得る。一方、原子炉はトン単位の大量の低濃縮ウランやプルトニウムなどを利用し、中性子の数をコントロールして臨界状態を約1年かけて継続させる。逆に言えば、原発はすごい量のエネルギーがたまっている発電方式だと言える。核兵器も原子炉も、反応によって大量の核分裂生成物質、核兵器であれば死の灰、原子炉であれば放射性廃棄物と呼ばれるものが生み出される。

② 世界の原発開発事情
  IAEAが発表している資料によると、全世界で稼働中の原発は現在453基、建設中の原発は55基ある。稼働中の原発は、米国が98基、フランスが58基、日本が42基で、上位3か国の原発大国が世界の半数近くを占めている。一方、建設中の原発については、中国が11基、インドが7基、ロシアが6基、韓国が5基、UAEが4基となっており、世界の建設中原発の半数以上をこれらの5か国が占めている。すなわち、これからの世界の原発建設は、従来の原発大国から新興国へと明らかにシフトしていくのが趨勢である。
 453基を多いとみるか少ないとみるかについて、1970年代のオイルショックの頃、米国だけで1000基にすると言われていた。日本でも原発比率を上げていくビジョンを当時の通産省が示していた。当時、私が大学の原子力工学科に入った頃は、原発は将来『万』のオーダーで建つ」と期待されていた。それがいまは453基である。それと比べると非常に少ないと言える。世界の発電量に占める原発のシェアは、1996年がピークで17・5%だった。2割近いシェアがあり、今後の世界の発電は原発が主力になるだろうと言われていた。しかし、電力需要が世界的にどんどん伸びている中で、2016年の原発のシェアは10・5%まで下がっていて、主力とはなかなか言えない状況である。
   原発の稼働や新規建設が進められている一方で、廃炉も確実に増加している。40年で一律廃炉にすると仮定すると、世界の原発の約3分の2に相当する約300基の原発が、2050年までに廃炉することになる。
   石油メジャーのBPや国際エネルギー機関(IEA)が発表したレポートによると、全世界の発電量における低炭素電源の占める割合は、原発は1996年に17%だったのが、2017年には10%に落ち込んでいる。一方で、自然エネルギー(水力を含む)は近年勢いを増しており、2017年には24%、2010年には40%を超えると予想されている。その理由として挙げられるのが、発電コストである。太陽光や風力発電は非常に低コストで、石炭火力もコストが安定的に推移しているのに対し、原発だけは発電コストが急増し割高になっている。これは、原発事故に伴う規制強化や安全対策に伴うコストが上昇していることによるもので、いまや「原子力発電は競争力を失った」と言ってもおかしくない状況にある。

③解決すべき各種課題
  福島第一原発事故を教訓にしなければならない。原子力に携わってきた人間の一人として、深い責任を感じており、福島の方々や影響を受けた方々に本当に申し訳ないと思っている。
 私は安全性の研究をしていた時期があり、軽水炉は大丈夫だろうと判断していた。事故の最大の教訓は「想定できないことを想定すること」だと考えている。原子力関係者の多くは想像力が欠け、「万が一のことが起きても大丈夫なように対処してある」と思い込んでいた。
 原子力技術の安全性について、工学部の人間は、確率×死者数というリスク評価をする。福島であれほどの大事故が起きても、原子力工学の専門家には、原発事故で直接亡くなった人はいないということで「原発は安全」という判断をする人が多くいる。しかし、工学部のリスク評価では、亡くなった方の数による確率論はできても、家族が離れ離れになるといった社会的・経済的影響は計ることができない。原子力のリスクを考えるときには、工学的リスク評価だけでは駄目である。日本は、このような社会的・経済的影響を未だにきちんと評価していないのが現状である。
 エネルギー政策は、国民との間の信頼を失くしてしまっている。信頼されるようにするにはどうすべきか。それは、独立した立場での信頼できる情報提供に加え、行政や科学技術を独立した立場で評価する第三者機関が必要だと私は考えている。
 一方で、いまの日本をみていると、これらの教訓とすべき点から本当に学んだと言えるのかと疑問に感じる。福島での事故について「あれは終わったこと」とか「あれは東電の問題であり、我々の問題ではない」という関係者も結構いる。政府はもっとひどい。話題にもしない。非常に残念でならない。
 事故によって、原子力の専門家のみならず科学技術の専門家に対する信頼が喪失した。政府も信頼されていない。信頼がなくなってしまったことで「安全か危険か」の二者択一の議論になってしまっている。世の中に完全なゼロリスクはない以上、どこかで線を引かなければならないが、それは科学者が決めることではなく社会が決めることである。その議論をするには独立・公正な情報発信が必要だが、それがなされていないのは残念である。

④核兵器の脅威増大
 世界では核物質が大量に造られ、存在している。その量は、高濃縮ウランやプルトニウムを合わせると、核兵器10万発分以上に相当する。核軍縮によって軍事用の高濃縮ウランは減少傾向にあるが、民生用として再処理で生み出されるプルトニウムは増加傾向にある。10万発分以上に相当する核物質は、教室1部屋分程度のスペースに収まる。コンパクトだが、逆に言えば盗まれやすい、テロリストに狙われやすいということになる。
 日本は、4大核保有国(露・英・米・仏)に次ぐ量のプルトニウムを保有している。非核保有国では断トツに多い47トンに達している。造ってしまったプルトニウムをなくすことはできない。プルトニウムは使用済み燃料の中に閉じ込めるか、別のゴミ(放射性廃棄物)に混ぜて捨てるしか方法がない。
 核セキュリティサミットにおいて、核物質を減らすという同意ができており、日本もプルトニウムを減らすことに同意している。一方で、プルサーマル(ウランにプルトニウムを混ぜて燃料とする)がうまくいかない場合、六ヶ所村の再処理工場が稼働すると、プロトニウムが大量に溜まってしまうことになる。
 日本は、2018年発表のエネルギー基本計画で、プルトニウム保有量の削減に取り組むとの方針をようやく打ち出した。原子力委員会も、プルトニウム保有量を減少させるとの考えを打ち出した。私はこれを一歩前進だと評価しているが、再処理をやめるとは書いておらず、このままだとプルトニウムは増え続けることになる。
  「終末時計」というものがある。これは、科学者が一般の方々に対して核の脅威を伝える目的で1947年から発表されているものである。2018年は1953年以来となる「あと2分」と発表され、今年も昨年と同じ「あと2分」のままである。米露が中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄したことや、イランとの核合意からの離脱、北朝鮮の核問題の解決が不透明であること、そして核兵器保有国の近代化計画が促進されていることなどが理由となっている。冷戦終結後の1991年は「あと17分」まで緩和したが、いまは危機感が非常に高まっている。
 現在は第3の核の時代にある。第1は米ソ冷戦期、第2は冷戦終結後の核軍縮の進展期、そして第3は2010年以降の地域紛争の増加や核抑止論の復活、トランプ政権誕生や北朝鮮の核開発などで、非常に危険な状態になっていると言える。
   米ソの核弾頭保有数は、ピークだった1985年には7万発もあった。しかし、1987年に結んだ中距離核戦力全廃条約によって、1万5000発まで減らした。しかし、核保有数は減らしたものの、中身に問題がある。「スマート核兵器」と呼ばれる小型核兵器を開発し、「正確でスマート化された核兵器の導入により、核弾頭削減が可能となる」と言っている。訳が分からない。米国の核兵器近代化計画を例に挙げると、30年で120兆円を投じて、古い兵器を更新するだけではなく、インフラを造り直すと言っている。
  オバマ大統領は、「核兵器の役割を減らす」「核兵器は核兵器(による攻撃への反撃)のためにしか使わない」と言っていた。しかし、トランプ政権は核兵器の役割拡大や核抑止力の強化を打ち出した。安全保障を脅かすありとあらゆる脅威に核兵器を使うと言い始めている。しかも、敵国からのサイバー攻撃に対しても核兵器を使う(反撃する)とまで言っている。非常に危険な大統領だと思う。
  米国の国内世論も危険である。「イランが核合意に違反して、米軍に真珠湾攻撃と同じ程度の犠牲者(2403人)が出たと仮定し、その場合にイランに対して核兵器を使うべきか(10万人が犠牲になる)」と尋ねたら、6割の人が「イエス」と答えた。いかに、米国民が核兵器使用の恐ろしさを知らないかということになる。そういう背景がある中でトランプ大統領が生まれているわけである。

⑤ 核のジレンマを乗り越えるための政策イニシアチブ
  1970年に発効した核不拡散条約(NPT)には、核軍縮の交渉をしなさいとは書かれているが、廃絶するとは一言も書いていなかった。それをいいことに、核保有国は「取り組んでいる」と言ってきた。一方、米露のINF全廃条約破棄は、明らかにNPT違反である。
  2017年7月に、核兵器禁止条約が採択された。日本はこの条約に反対した。しかし、日本の高見澤大使は、条約に参加しない方針であるにもかかわらず、会場でスピーチをし退場した。日本は「被爆の実相と非人道性に対する正確な認識を、世代と国境を越えて広げていく使命を有している」との立場を言いつつ、結局、北朝鮮問題や国際情勢の緊張、そして核保有国の条約不参加による非核保有国との分断を避けるなどの理由を挙げて条約に参加しなかった。
   一方で、日本政府は核兵器禁止条約とは異なる取り組みとして「核軍縮の実質的進展のための賢人会議」の設置を提言している。そこには、レーガン・ゴルバチョフ会談の共同声明で有名な「核戦争に勝者はなく、戦われてはならない」という言葉が引用されている。核戦争には勝者などなく、どちらも滅亡してしまう。核による抑止は長期的には、やめたほうがいいということを言っている。私としては長期的どころか、いますぐやめてもらいたいと思っている。ただ、ここまで言っていることについては、それなりに評価している。
   北東アジア情勢については、韓国と北朝鮮による昨年5月の南北首脳会談や板門店会談を高く評価できると考えている。また、昨年6月に開かれた米朝首脳会談も素晴らしいものと評価している。しかし、非核化を実現していくには、制度化の仕組みづくりが必要である。私たちRECNAでは、朝鮮戦争の終結と締約国の相互不可侵や友好等の規定、北東アジア非核兵器地帯条約の締結や、北東アジア安全保障協議会の設置等を提言している。
 東アジアに非核兵器地帯ができれば、日本が核兵器で襲われる心配はなくなる。日本に「核の傘」は要らなくなり、核兵器禁止条約にも参加することができる。日本は「核のジレンマ」を越えなければならない。核抑止力への依存から脱却するとともに、核の脅威の一つであるプルトニウム保有量の削減に向けて、核燃料サイクル政策を見直すべきだと考えている。

※この記事は、鈴木さんの当日のお話とスライドを元に当会で要約したものです。ご本人のお話をそのまま書き起こしたものではありませんのでご留意ください。

市民社会フォーラム協賛企画
非核の政府を求める兵庫の会 第33回総会記念講演会
核兵器と原発  日本が抱える「核」のジレンマ

日時 2019年2月9日(土)14:30~16:30(会員は総会議事13:30から出席下さい)
会場 こうべまちづくり会館2階ホール
講師 長崎大学核兵器廃絶研究センター・センター長 鈴木 達治郎 さん

参加費 非核の政府を求める兵庫の会(年会費1000円)の会員は無料。会員以外は参加費1000円。 
どなたでもご参加いただけます。


世界の原子力産業は衰退期に入ったのに、なぜ日本政府はその流れに逆行して原発再稼動と輸出に固執するのか?
南北・米朝会談を経て朝鮮半島の非核化の展望が見出されようとしているのに、なぜ日本政府だけは「米国の拡大核抑止力(核の傘)」をさらに強める要請を続けているのか?
内閣府原子力委員会委員長も務めた長崎大学核兵器廃絶研究センター長の鈴木達治郎さんに、
唯一の戦争被爆国でありながら原発と核兵器に執着する日本のジレンマと、これを乗り越え核のない世界を実現するアプローチについてお話いただきます。

鈴木達治郎(すずき・たつじろう)さん
長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)・センター長 教授。
1951年生まれ。75年東京大学工学部原子力工学科卒。78年マサチューセッツ工科大学プログラム修士修了。工学博士(東京大学)。
2010年1月より2014 年3月まで内閣府原子力委員会委員長代理を務めた。
核兵器と戦争の根絶を目指す科学者集団パグウォッシュ会議評議員として活動を続けている。
著書に『核兵器と原発日本が抱える「核」のジレンマ』(講談社現代新書、2017年)、『アメリカは日本の原子力政策をどうみているか』(共著、岩波ブックレット、2016年)など