安倍政権がいわゆる「アベノミクス」を自画自賛し、さらには「一億総活躍社会」なる政策を標榜する中、かつては「一億総中流社会」と呼ばれた私たちの生活レベルは、充実するどころか、ますます苦しくなっていると実感する人のほうが多いのではないでしょうか。
2016年9月24日に神戸で開いた市民社会フォーラムの学習会では、講師として大西連さん(認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長)を招き、「貧困」がいわゆるシングルマザーやホームレスと呼ばれる、一般的に苦しい生活水準にあると認知されている人々のみならず、多くの一般市民の収入が減少している実態を紹介しました。実に6人に1人が、貧困と呼ばれる水準でされる月収10万円程度を下回っている現状にもかかわらず、そのような貧困状態とされる水準にあることが傍目には分かりづらい「隠れた貧困」が日本社会に蔓延していることに警鐘を鳴らしました。
収入の減少の主要な原因として、非正規雇用の拡大を挙げました。とりわけもっとも働き盛りの年代である25歳~34歳の非正規労働者が1990年の106万人から、2014年には300万人に拡大していること、さらには、初めて職に就いたのが非正規雇用だった人の割合が、かつては13.4%(1987年10月~1992年9月)だったのが、最近では39.8%(2007年10月~2012年9月)にまで大幅に増大していることを紹介しました。また、日本社会でごく一般的にみられる、法定の最低賃金でフルタイム勤務する場合の月収の低さについて、900円×8時間×5日×4週=14万4000円、年収に換算しても172万8000円にしかならないとし、この水準の収入で暮らしていくことの厳しさを訴えました。
一方、働けど働けど貧困状態にある人々について、このような低報酬の非正規雇用の増大が要因にあることは理解されやすい半面、それを個人に落とし込んで論じる際には、「40代で派遣社員に甘んじているのは、個人の資質に問題があるのではないか」といった具合に、とかく個人の自己責任の問題とされがちな傾向を指摘しました。さらに、日本国憲法第25条に規定されている「生存権」について、ドイツの旧ワイマール憲法で「尊厳」と明記された点と比較しました。ドイツでは、「尊厳のある生活とは何かについて哲学者や社会学者が生活保護について議論するのに対し、日本では、『最低限度の生活』とはいくらなのかという金額を経済学者が決める」と述べ、その理念の隔たりの大きさを投げかけました。
大西さんの講演のあとには、元自衛官の泥憲和さんをゲストに招き、両者の対談もおこなわれました。この対談では、いわゆるネットカフェ難民と呼ばれる人々が、1泊2000円程度、月に直すと6万円程度を宿泊費用として支払っているにもかかわらず、その生活から抜けられない理由として、大西さんは、アパート等への入居時の初期費用の問題を挙げました。また、正社員の仕事に就けない理由の一つとして、正社員の雇用形態に多く見られる月給制が、たとえば月末締めの翌月末払いといった締め支払いのタイムラグによって、実際に報酬を手にすることができるのは働き始めてから2か月後になる点を指摘。「2か月分の生活費や交通費を最初に用意できる人でないと、月給制の仕事には応募できない」、あるいは「一度ネットカフェ難民になると、なかなか這い上がれない」といった、貧困・低所得者が抱える苦しい事情を解説しました。一方、泥さんは、「病気になってからではなく、病気になる前に公的にケアするほうが費用的にも安上がりである。貧困問題も同じで、貧困ライン以下に落ち込む前に公的ケアをすることが大事だと思う」と述べました。
すぐそばにある貧困
会場:元町館「黒の小部屋」(元町映画館2階)
講師:大西連さん(認定NPO法人自立生活サポート
ゲスト:泥憲和さん(元自衛官・弁護士事務所職員)
大西連(おおにしれん)さん
認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい理事長