【講演録】松尾匡教授講演「この経済政策が民主主義を救う 安倍政権に勝てる対案」

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松尾匡教授(立命館大学経済学部)をお招きし、「この経済政策が民主主義を救う  安倍政権に勝てる対案」というタイトルで開かれた講演会。松尾教授が出版した同名の著書の出版記念を兼ねて実施されたもので、講演では、経済の仕組みについての解説を多数交えつつ、安倍政権がこれまで執ってきた政策を分析しました。加えて、リベラル層が抱いている政治不信や批判、あるいはこれまで野党勢が繰り返してきた失敗事例などを松尾教授は紹介しました。特に、景気拡大に反するイメージを有権者に与えることのマイナス面を強調し、同じ失敗を繰り返してはならないと警鐘を鳴らしました。松尾教授が語った内容は「経済学入門講座」とも言えるほど多岐にわたっていますが、その中から、来たる参院選(場合によっては衆参同日選)に向けて、リベラル側の市民や野党勢が行なうべきことを示唆した部分をご紹介します。

◆社会の総賃金は増加しつつある

安倍政権が進めてきた雇用流動化政策は批判していかねばならない。但し、非正規が増加したと言われているものの、生産年齢人口中の正社員の比率は増加している。非正規増加と言われている理由は、65歳以上の非正規が増えているからである。これは、団塊の世代が退職し、非正規として再雇用あるいは再就職しているのが一因である。

社会の総賃金はリーマンショック前の水準には達していないものの、安倍政権になってから増加しつつある。消費需要が拡大する潜在力はある。また、有効求人倍率や新規求人倍率は上昇を続け、失業率は低下を続けている。大卒実質就職率も久々に7割を超えている。

新卒人口が減っているので、団塊世代退職の穴をすべて正社員で埋めるのはもともと困難である。35~44歳の女性の非労働力人口は減っており、専業主婦は減っている。安倍内閣になってから女性が働きに出るようになっている。平均実質賃金の低下は、団塊世代退職によって、年功序列の元でもともと賃金の安い新卒者が入ったことも関係している。

今後、大規模な財政出動拡大とともに、労働人口が減っていることから、人手不足が拡大し、失業率が下がってくる可能性がある。失業率が2%台に下がると、賃金の伸びが目立ってくるだろう。

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◆安倍政権の「殺し文句」

安倍政権は改憲実現に本気である。一方、「ハイパーインフレになる」とか、「国債が暴落する」といったいろいろな批判があったが、いまだにハイパーインフレは起きていないし国債は暴落していない。こんな見当違いな批判をしている中で、大型の財政出動が行われ、景気改善のさなかに参院選や衆参同日選が行われたらどうなるか。

おそらく安倍首相は、「皆さん、民主党時代のあのみじめな不況を思い出してください!」とでも言うだろう。「ハイパーインフレになるだとか、的外れなことを言っていた人たちに政権を任せたらどうなりますか?」「もう一度あの不況に戻りたいですか?」といった具合に「殺し文句」を言うだろう。有権者はビビってしまって、民進党に票を入れようという人は出てこない。ますます自民党が有利になると思う。

「非正規雇用が増えているじゃないか」といった批判は必要だけれども、失業状態を脱して仕事を得られた人々もいる。たとえ無茶苦茶な労働条件だったとしても、仕事を得られた喜びは大きい。仕事をまた失って失業状態に戻るかもしれないという恐怖心は非常に大きい。格差の問題とかいろいろ課題はあるものの、そういう人々は、安倍首相がこういう殺し文句を言ったとしたら、自民党を支持することになると思う。

また、「景気が良くなって雇用が増えたと言うけれど、増えたのは非正規ばかりじゃないか」という言い方を不用意にすると、現に非正規状態の人からはどう捉えられるか。「正社員という既得権のある人たちは、自分たち(非正規の人)が職を得たのは気に入らないのか」という捉え方をされる危険性がある。言い方には気をつけなければならない。

18歳選挙権で、大学生が投票できるようになった点にも留意が必要。すでに職に就いている人は、腐っても日本的経営なので、クビが切られることはなかなかない。なので、ある程度は安心していられる。一方、学生は就職できるかさえ深刻である。卒業年度で就職できず、非正規やフリーターを続けなければならない人もいる。彼らはそういう先輩たちを見てきた世代でもある。今やっと就職状況がよくなりつつある中、学校の正門前に与党の街宣車がやってきて、「野党が勝ったら不況になり、就職できなくなりますよ!」などと街宣でもされたら、もうイチコロじゃないかと危惧する。

 

◆何度も繰り返される同じような失敗

いかに不況によって人々がひどい目に遭うか。「失われた20年」と言われる長期間の不況によって、どれだけ多くの人々の生活が破壊され、ひどい目に遭わされてきたか。そういう状況をもたらした自民党政権を批判している立場の人々が、きちんとそれに応えてきただろうか。

2012年の衆院選で、日本未来の党は121人立候補し、当選はわずか9人。現職5人が落選する惨憺たる結果となった。2013年の参院選では、生活の党は11人立候補し当選はゼロ。みどりの風は8人立候補し当選ゼロ。緑の党は10人立候補し当選ゼロ。民主党や社民党の凋落も目立った。2014年の都知事選では細川氏や宇都宮氏も敗北した。

これらに共通しているのは、「景気拡大反対のイメージ」である。端的に言うと「脱成長」というイメージ。これは、不況による失業などで実際にひどい目に遭った人にとっては、「俺たちは救われない」政策だと映りかねない。

 

◆世論の関心は「福祉」や「景気」が圧倒的

2013年の参院選では、世論の関心は圧倒的に福祉や景気に関するものだった。ツイッターユーザーが話題にした政策テーマは圧倒的に原発や尖閣・北朝鮮問題だった。しかし、毎日新聞の世論調査(電話方式)では、社会福祉(年金医療介護子育て)32%や景気対策25%についてであり、原発やエネルギーについては6%だった。

 

◆景気刺激政策への批判は逆効果

野党勢は、「安倍政権よりももっと好況にします!」ということを訴えないと勝てない。その手段として、「2%インフレに達するまで、日銀の緩和マネーを福祉、医療、教育、子育て支援にどんどんつぎ込みます!」と言わなければならない。

その逆に、景気刺激政策に対して批判することは、逆効果である。多分安倍首相はこういった政策をやってくるだろうが、それに対して「バラマキだ」とか、「財政赤字をふくらませるからダメだ」とか、そういう批判をすると、ひとたまりもなく蹴散らされるだろう。

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◆望ましい景気拡大政策

望ましい景気拡大政策は、日銀の作った緩和マネーを使って、福祉・医療・子育て支援などへの大規模な政府支出を行なうことである。これにより雇用が拡大し、消費需要も増大する。結果として消費財生産も増え、安全な食品や環境に優しい商品、文化的に質の高い商品やサービスなどが提供され、事業機会の拡大がもたらされる。その結果として、さらに雇用が拡大し、消費需要が増大する・・・といった好循環が生まれ、景気が良くなる。こういった政策を我々は目指すべきである。

インフレ目標政策の実施も必要と考える。インフレ目標政策=新自由主義に反対する新しいケインズ派の経済政策として考え出されたものである。たとえば、ポール・クルーグマンは、「日銀は、インフレ目標を掲げてそれを実現するまで金融緩和を実施する約束をすべきだ」と90年代末から言っている。ジョセフ・スティグリッツも、「日本は3%程度のインフレを目標にすべきだ。中央銀行からの独立なんかいらない」と言っている。

具体的には、インフレ目標率に達するまで、中央銀行はお金をどんどん出し続ける。インフレ目標率に達したら、今度はお金の発行を引き締める。冷え込んだ経済を引き上げるのは難しいが、過熱した経済を金融引き締めで上から抑えるのは、経験上これまで何度もやってきたことで、比較的簡単である。

加えて、インフレ目標に達したら、政府支出は増税でまかなうとともに、インフレ抑制のために、国債は税金から返す。過熱した需要を冷やすために増税は有効である。但し、そのときになってから増税するのは制度上も大変なので、今のうちから法人税や富裕層への所得税を累進課税で増税しておき、増税した分は総額として同じ分だけ、設備投資補助金や給付金という形で還元する。そうすることで、ため込むよりかえって景気がよくなる可能性がある。景気回復とともに還元するほうを縮小していくことで、実質的増税にもっていく。こういうやり方がいいのではないかと思う。

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※以上ご紹介した内容は、講演の内容のほんの一部に過ぎません。これ以外にも、非常に参考になる情報がたくさん語られています。ぜひ講演の動画を通しでご覧ください。

■市民社会フォーラム第174回学習会
講師:経済学者・松尾匡氏(立命館大学経済学部教授)
日時:2016年3月26日(土)18:00~21:00
場所:シアターセブンBOX I(大阪・十三)

■松尾匡(まつお・ただす)さん
1964年、石川県生まれ。1987年神戸大学大学院経済学研究科入学、数理マルクス経済学の泰斗、置塩信雄に師事する。
1992年、神戸大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。1992年から久留米大学に奉職。2008年から立命館大学経済学部教授。
主流派経済学を理解したうえで、数理モデル分析やゲーム理論を駆使できる、日本では数少ないマルクス経済学者の一人。
近年はリフレ派ニューケインジアンとして、日本経済の批評を行っている。

シドノスジャーナルに連載中『リスク・責任・決定、そして自由!』
http://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-82137-5

この経済政策が民主主義を救う  安倍政権に勝てる対案

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著書に『「はだかの王様」の経済学–現代人のためのマルクス再入門』(2008年 東洋経済新報社)、
『商人道ノスヽメ』(2009 藤原書店)、
『不況は人災です! みんなで元気になる経済学・入門』(2010年 筑摩書房)、
『マルクス経済学 (図解雑学シリーズ)』(2010年 ナツメ社)、
『新しい左翼入門–相克の運動史は超えられるか』(2012年 講談社現代新書)、
『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』(PHP新書)など多数。

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