【講演録】木下ちがや氏講演「2010年代の社会運動-その経験と思想、課題」

投稿日:

【講演レビュー】
政府与党による解釈改憲、安保法制の強行という「無法状態」が現実となっただけでなく、今後は明文改憲までもが現実味を帯びている。そのため、これまで国政レベルでバラバラの動きを見せていた野党同士の相互選挙協力の実現により国会における野党の議席数を挽回し、改憲を阻止することこそがリベラル勢にとって今年最大のテーマである。そんな中、2016年3月6日に神戸市内で、社会学者の木下ちがや氏による講演がおこなわれた。その内容をかいつまんでご紹介する。

◆過去の学生運動との違い
木下氏は、喫緊の課題である野党間の選挙協力について、統一候補の決定や協議などが急ピッチで進められている現在の状況を「日本の政治の長い歴史において、非常に画期的なことだ」と高く評価。そのうえで、過去におこなわれた60年安保闘争などの政治運動との比較を通じ、SEALDsに代表される現在の市民運動との違いを詳しく解説する。

60年安保闘争は、日本の政治史上において、最も多くの人々が立ち上がった政治運動であり、岸信介首相(当時)を退陣に追い込むことになったものの、それと現在の政治運動とは全然違うものと説明。当時の学生運動の主流としてブントという学生グループがあったが、それらは長くは続かず、四分五裂してあっさりと分解。しかも、政党間の枠組みも何か動きがあったかといえば全く変わらずじまい。結局、半年後におこなわれた解散総選挙では、自由民主党が勝利して議席を伸ばしていく。勢いのあった日本社会党は徐々に勢力が弱くなっていき、自民党に対抗できるブロックを造るどころか、1993年にいわゆる「55年体制」が崩壊するまで自民党政権が盤石な地位を維持したことなどを解説する。

◆「革新ベルト地帯」となった地方自治
国政では自民党による支配が続くものの、70年代に入ってくると、地方自治においては、国政における自民党一強とは趣が異なり、革新陣営が一定の勢力を確保する。たとえば、社共が支持基盤の美濃部亮吉知事が誕生した東京都をはじめ、神奈川・愛知・京都・大阪などに社共系の知事や市長といった革新系の首長が続々と誕生する。言ってみれば、さながら「革新ベルト地帯」の様相を呈したわけである。

このような状況をもたらすに至った主な要因として、木下氏は、社共の協力関係によるところのほか、公害問題、そして現在も大きな争点に浮上している保育問題が都市部を中心に深刻化したことを挙げる。しかも、これらの問題が大きな争点となったことに関しては、地域における住民運動が活発化したことに加え、いわゆる「岩波文化人」などの知識層が世論を牽引したことも要因として示す。また、大阪市立大学の教授を務めた黒田亮一知事が誕生した大阪府知事選では、学生主導型だったと解説する。

◆市民の世論が政党を引っ張る
対するに、SEALDsに代表されるような、一見すると若手が主導しているかのように見える現在の市民運動について、「彼らはあくまで脇役として市民連合の一角に加わりバックアップしたもの」と分析。そして、各地域で様々な人々の話し合いがおこなわれ、(市民運動が創出した世論に)政党が引っ張られたのが現実だろうと解説する。

◆「国民連合構想」よりも話がどんどん進む
木下氏は、安保法制の強行可決という事態を受けて、日本共産党が提唱した国民連合構想についても言及する。国民連合構想は、「安保法制の廃止」という一点のみで野党が共闘し、政権を目指すというもの。ところが、一点共闘どころか、より幅広い分野での政策協定が進むという状態となっている。これについて、木下氏は、「それぞれの政党の思惑を超えた形で、世論と運動に動かされた。内容的にはハードルが高いところに一致点がつくられるようになった」と評する。加えて、このような状態になった要因として、民主党の持つ強みと弱みについて触れる。この中で、政治学者の大井赤亥氏の言葉として、民主党について「未熟であるがゆえに可変的。軽薄であるがゆえに、可動性がある。信念がないがゆえに、運動へも反応し、軸がないゆえに世論に引きずられる」と紹介。これについて、木下氏は、「民主党は運動に対して感応性、感受性がある」「要するに寄り合い所帯の政党で執行部が弱い」との主旨を解説する。

◆民主党の中の「反共」体質
木下氏は、民主党の中にある「反共」体質についても言及する。特に、今年2月7日に投開票された京都市長選を前に「共産党と徹底的に闘う」と発言したとされる福山哲郎議員について、「市民運動の邪魔をしてくれた」と不快感を示す。これについて、「共産党抜きで市民運動のイニシアチブを取り、自分たちをバックアップする組織にしたいと考えているのではないか」と分析。また、前原誠司議員や長島昭久議員のような民主党内の右派の存在にも言及。党内の主導権を握りたい右派が共産党との共闘にとってブレーキとなっていることを解説する。

◆安保法案反対で共闘の素地ができる
加えて、民主党の支持母体である労組・連合の神津里季生会長が、「共産党とは組めない」という主旨の発言をしている点を紹介。このように、党内の執行部や国会議員、そして支持母体の労組執行部レベルで、さまざまな事情を抱えている民主党ではあるものの、地方の議員などからは野党共闘を求める意見があるとした。その理由として、安保法案への反対行動がもたらした「効果」を挙げる。すなわち、首相官邸前や国会前での大規模な抗議活動のみならず、地方における安保法案反対の共闘の動きによって、「自分たちも仲間になれるんだ」と実感したと分析。そうした結果として、党大会の前におこなわれた地方代議員会議で、地方議員が共闘を求めたことも紹介する。

◆多岐にわたる解説が凝縮
このほか木下氏は、オキュパイ運動やエジプト革命など、海外での政治社会運動の事例や、在沖米軍普天間基地の辺野古移設問題が争点となった沖縄県知事選などにも言及。さらに、いわゆる大阪都構想を進めようとする維新と対峙する上での、大阪自民・共産の共闘を勝手連的に側面支援したSADL(民主主義と生活を守る有志)など、党派の枠を超えて市民運動が果たした役割や効果についても触れる。約1時間あまりの講演ビデオには、今後の運動の参考となる示唆に富んだ解説が凝縮されている。以下の講演レジメとも併せて、ぜひご高覧いただきたい。【了】

 

講演レジメ

3・11から野党共闘へ

 

【概要】

市民社会フォーラム第173回学習会
講師:木下ちがや氏(明治学院大学国際平和研究所研究員)
日時:2016年3月6日14~17時
場所:元町館「黒の小部屋」(神戸)
主催:市民社会フォーラム

 

3・11以後の社会運動(青土社)

小熊英二 (著), 奥田愛基 (著), ミサオ・レッドウルフ (著), 白井聡 (著), 津田敏秀 (著), 木下ちがや (著), 影浦峡 (著)

311以後の社会運動

木下先生のご著書は、

『国家と治安ーアメリカ治安法制と自由の歴史』(青土社)

翻訳にデヴィッド グレーバー『デモクラシー・プロジェクト』(航思社)、

デビット・ハーヴェイ『新自由主義』(作品社)、

ノーム・チョムスキー『アナキズム論』(明石書店)などがあります。

 

木下ちがや先生に関連する書籍ページ

(クリックするとAmazonに飛びます)

 

.