市民社会フォーラムは2016年1月12日、第169回学習会を神戸市勤労会館にて開催した。今回の学習会では、「どうなる?どうする?日本の医療と政治」を主題に、本田宏さん(NPO法人医療制度研究会副理事長、医師)、雨松真希人さん(「保険でより良い歯科医療を」兵庫連絡会世話人、歯科技工士)による講演や、聴講者を交えたフリートークなどにより、医療を取り巻く様々な問題が、政治ときわめて密接に関わっていることを改めて認識するとともに、健全な医療を提供するうえで、政治の果たす役割の重要性を確認する有意義な場となった。
■本田さん「世界では医療費負担無料が当たり前田のクラッカー」
本田さんは、外科医として医療現場に携わってきた経験から、医療問題に関して豊富な知見を有しており、NHKや民放などの番組に多数出演した実績を持つ。この日の講演では、
「問題解決のために重要な視点」や「医療崩壊のルーツ」「医療&日本再生のためにどうする」などの7つのテーマについて、精緻なスライドを用いながら解説した。このうち、最も強調したい分野として「医療制度の実態とメディア」を挙げ、メディアによる情報の伝え方の問題点について具体例を示した。
たとえば、「わが国においては高齢化がいっそう進み、医療費が急激な右肩上がりとなっている現状はあるものの、医療費全体ではOECD平均並みのレベルに留まっている」と紹介。にもかかわらず、メディアが「日本の医療費が40兆円を突破」「医者の奥さんはミンクのコートを着ている」といった提灯記事的な伝え方をすることにより、「40兆円って高すぎるんじゃないか」と国民を誤解させ、「医療費が高すぎるから診療報酬の見直し・削減が必要」という間違った流れを引き起こしているといった「手口」を語った。
加えて、多くの先進国において、高齢化が進展するとともに医療費が大幅に増加している中、日本の医療費の伸びが小さいことを図示したほか、「世界では国民の医療費負担は無料なのが当たり前田のクラッカー」とダジャレを交えて説明した。そのうえで、「国民の医療費負担が3割という高額の先進国はない。騙されてはいけない」と呼びかけた。
◎「財政赤字の理由は医療ではない」
診療報酬についても言及した。特に、賃金指数や消費者物価指数に比べて、診療報酬改定指数が低く抑えられていることをグラフで説明したほか、わが国の病院が購入する薬剤や医療機器が世界一高額であることなどが、医療機関の経営環境を圧迫しているとした。その一方で、医療費削減が叫ばれる反面、携帯電話の普及により必要性が以前よりも薄れている高速道路の緊急電話(1台250万円だが、実際にはもっと安くできるとされる。全国に数万台設置されている)などを挙げ、「日本の財政赤字の理由は医療(が元凶)ではない」と述べた。
また、「医療費の膨張を防ぐ」として医学部の定員削減が検討されている一方で、医師不足により労働基準法無視の過重労働を招いている実態や、医師の高齢化が進んでいることなどを憂慮すべき点として紹介した。
◎明治時代のほうがマシ!?
本田さんによる解説は、医療問題だけに留まらず、いわゆる戦争法(安保関連法)から歴史に至るまで、非常に多岐にわたる分野を網羅した。たとえば、国民に染みついた官尊民卑の考えの由来や明治維新の本質、明治時代に端を発する絶対主義的官僚制の背景と、それがいまだに尾を引いている現状なども解説した。
また、屈指の規模を持つ医療機関として知られる済生会が、生活困窮者の救済を願う明治天皇による済生勅語により明治44年に設立されたこと、そして済生勅語の内容が、当時の国の急激な発展に伴って、生活困窮者が発生していることを暗に示しており、彼らの救済に向けて有効な医療対策を講じるべきと注文をつける内容となっていることをスライドで解説した。
あわせて、日本国憲法では天皇が政治的発言ができないことになっている中において、現在の明仁天皇による護憲を意識したギリギリの発言を安倍政権が完全に無視している状況について、明治天皇は医療問題に明確な注文をつけることができたことから、「この点については、明治時代のほうがまだマシだった」と語った。
■雨松さん「患者負担の大幅軽減を」
雨松さんは、「保険で良い歯科医療を」と題するプレゼンを行い、歯や口腔内の衛生状態をよくすることが、高齢者に多い肺炎や血管系などの疾患を減らす効果があることを説明した。また、咀嚼(噛むこと)が記憶や学習能力の向上につながること、あるいは歯がたくさん残っている高齢者は日常生活における転倒回数も少なく、一人でどこにでも出かけられるなど、運動能力も高くなる傾向がみられることなどを説明した。
続いて、さまざまな疾患を減らす効果や能力向上にもつながる口腔ケアを、適切に受けていない人が大勢いる現状を説明。その理由のひとつとして、患者による「費用への心配」を挙げ、患者の診療費負担を軽減することの重要性を説いた。
また、低所得者ほど、歯科を受診する人の割合が有意に減少していることをグラフを用いて解説した。これによると、世帯年収が400万円以上の場合は77.4%なのに対して、150~200万円では69.7%、100~150万円では62.0%にまで減少しており、貧困世帯ほど医療負担を避けざるを得ない実情に警鐘を鳴らした。さらに、学校の歯科検診において、要治療となったにもかかわらず、約半数の児童が受診していない現状なども説明した。
◎同級生はみんな辞めていった
一方、雨松さんは、歯科技工士という職業の激務ぶりも紹介した。この中で、「3日間ぐらい家に帰れないこともある」と述べるなど、歯科技工士が慢性的に長時間労働となっていることや、その割に低賃金なため、離職率が非常に高い(5年以内に75%が辞める)ことなどを、「私の同級生で技工(技工士)を続けているのは一人だけ。ほかはみんな辞めていった」という実例を交えて語った。
しかも、細かい作業が必要な専門職であるにもかかわらず、激務や低賃金ゆえに、歯科医療の将来を担う立場にある若い技工士の定着が思わしくなく、歯科技工士の高齢化が進んでいる(半数は50歳以上)とし、生産された技工物の精度や質についても懸念を示した。
そして、診療にかかる患者の費用負担を削減し安心して診療を受けられるようにするため、健康保険の適用範囲を拡大するとともに、診療報酬の改善により、歯科医療従事者の待遇を改善することで、よりよい医療を提供していきたいという考えを示した。【了】
講演:本田宏さん(NPO法人医療制度研究会副理事長、医師)
ゲスト:雨松真希人さん(「保険で良い歯科医療を」全国連絡会代表世話人、歯科技工士)