【講演録】日本人医師が見たイスラエル占領下のパレスチナの現状(2019/5/18神戸)

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非核の政府を求める兵庫の会は、2019年5月19日、「日本人医師が見たイスラエル占領下のパレスチナの現状」と題する学習会を開催しました。この学習会には、北海道パレスチナ医療奉仕団の団長を務める猫塚義夫さん(勤医協札幌病院整形外科医)と、同奉仕団のメンバーである清末愛砂さん(室蘭工業大学大学院工学研究科准教授)を招きました。会場に訪れた多くの聴講者は、両人が現地で実際に経験した生々しい報告を聴き、イスラエル占領下で苛烈を極めるパレスチナの現状と、国際社会が果たすべき役割などについて学びました。

パレスチナ報告①清末愛砂さん「生きるとは何を意味するのか」

最初に登壇したのは、清末愛砂さん。室蘭工業大学大学院の准教授として教鞭を執るかたわら、北海道パレスチナ医療奉仕団のメンバーとして、パレスチナの人々のおかれた厳しい現状に対処すべく、行動を起こしている人物である。

清末さんは冒頭、「生きるとは何を意味するのか」という講演タイトルに関し、パレスチナのガザ地区の状況を吐露。「(人々は)人間として息を吸っているけれども、日々生きることについて極度に抑えつけられて生活をしている」「生きる希望を失う状況の中で生きる、ということは根本的に何なのかについて、私自身考えてきた」と、その主旨を語った。

■人間は理性的ではないことを教えてくれた地

清末さんは2018年11月、パレスチナに7年ぶり、ガザには17年ぶり(前回は2001年)に訪問した。「ガザは完全封鎖されているため、イスラエル軍から事前に許可を得ていないと、どうやっても入れない」ため、国連経由で許可を取っていたとのこと。その清末さんにとって、ガザとは、「人間であることの恥を教えてくれた地」。また、第二次インティファーダ(蜂起)の頃に、届くはずもない石を抗議のために入植地の方向に少年が投げた瞬間、イスラエル兵に心臓を撃ち抜かれて死んだ、という話を遺族から直接聞いたことに触れ、「人間が理性的ではないことを教えてくれた地」とも語った。

■ガザ住民への深刻な影響

2018年にガザを訪れた際に撮影した、夕暮れどきの海辺の写真。一見するととても美しく、ロマンチックに見える写真。しかし、清末さんは、「汚水が処理されないままガザの海に流されており、猛烈に汚れている」「ガザの海の汚染が、住民や漁民の健康に影響を与えている」と憂慮の念を述べた。しかも、ガザは大変暑いところにもかかわらず、電気は1日4時間ほどしか来ないため、住民の生活に深刻な影響を与えているとのこと。

■清末さんが考えるガザの状況

清末さんは、ガザの深刻な状況について、以下のように表現した。

・「生きる」という言葉が死語と化している。

・「生きる」という言葉が実質的に存在しなくなっている。

・ガザ封鎖は、ガザ住民から、将来の希望と自らが何者かということを肯定的に捉えることができる「希望」と「尊厳」を奪った。

・肉体だけがかろうじて息をしている「死者たち」の街、絶望うずまく街、それがガザという空間だ。

■イスラエルによるパレスチナ占領の実態を写真で紹介

清末さんは、イスラエルによる理不尽極まるパレスチナ占領の実態を、豊富な写真を交えて解説した。その中で、封鎖のために設置された圧迫感のあるコンクリート壁や、厳重な検問によるガザ市民の幽閉などについて実情を詳しく語った。一方で、絶望の中にあるパレスチナの人々に対して、「自分たち日本人は加害者側である」との自責の念を持ちつつ、彼らの自由と尊厳を守るべく、パレスチナ難民キャンプで子供たちのお絵描きを一緒に楽しんだりといった活動を報告した。また、パレスチナ人の家屋が、ユダヤ人の入植者のためと称して破壊されたり収奪されたりしていることに反対し、抗議デモに参加したことなども報告した。

■オスロ合意は「まやかし」

「ガザが徐々に封鎖されるようになったのは、1993年のオスロ合意の頃。オスロ合意は完全なまやかしである」「あれは和平合意でも何でもない。むしろイスラエルによる植民地支配を強固にすることを国際的に支持する合意であった」と清末さんは厳しく批判した。その上で、北海道パレスチナ医療奉仕団の活動の意義について、「イスラエルによるガザの封鎖」と、「それを国際社会が黙認していること」に対する挑戦であるとした。そして、「そこに小さな風穴を開けていくことの積み重ねが重要である」との認識を示した。

 

パレスチナ報告②猫塚義夫さん「パレスチナ難民医療支援活動に見る難民問題と健康破壊の実態」

続いて登壇したのは、猫塚義夫さん。勤医協札幌病院にて整形外科医を務めるかたわら、北海道パレスチナ医療奉仕団の団長として、パレスチナ難民への医療支援活動に力を注いでいる。その活動には、パレスチナ住民に対する過酷な幽閉の状況や健康被害の実態を国際社会に知らしめ、国際社会が親イスラエル政策をとっている現状を改めさせる狙いもある。

猫塚さんは、2008年~2009年に行われたイスラエル軍によるガザへの一方的な侵攻という事態を受け、翌2010年7月に医療奉仕団を結成。2011年1月~2月の第1次支援活動を皮切りに、以降何度も現地入りし、2019年3月~4月の渡航で第12次支援活動を数える。

■世界最大の天井のない監獄

猫塚さんは、イスラエルによるガザの封鎖について以下のように解説した。

面積360平方km、人口200万人。ちなみに神戸は、おおよそ500平方km、人口150万人。この、自由に出入りのできない空間に多くのパレスチナ人たちが閉じ込められている状況である。

・完全封鎖から11年が過ぎ、12年目に入っている。このことから、よく「世界最大の天井のない監獄」と言われるが、まさにその通りである。天井はないが、いつでもミサイルが飛んでくる状況に、住民たちは日々怯えながら暮らしている。

・ガザの住民は、一家で同じ部屋に寝ることができない、もしもミサイルで攻撃されたら一家全滅になってしまうため、分散して毎晩寝ると聞く。

■燃料不足による停電が環境破壊の決定的な要因

ガザ封鎖・抑圧に伴って燃料不足が深刻化している。これにより下記のような状況を招いている。

・燃料不足が環境破壊の決定的な要因となっている。燃料不足により発電ができず、停電により1日3~4時間しか通電しない。夏の気温は日向で50℃にもなるのに、冷蔵庫が使えない生活を強いられている。

・電力が全く足りないため、汚水処理ができない。海や畑、食物が汚染されている。また、汚水を溜めておいた池が決壊して汚水の津波が発生、下流の住民が亡くなる事態も起きている。

・イスラエルから定期的に襲ってくるガザへの侵攻には2種類ある。1つは上から飛んでくるミサイル。もう1つは、フェンスを開けて戦車が入り込んできて、農地を荒らして帰っていく。

・確証はないが、その際に、放射性物質や化学物質をばら撒いて帰っていったという話も耳にする。

■物資不足や失業、そして絶望

・心臓や四肢の奇形、知的障害を持って生まれてくる新生児に加え、最近は若い女性の乳ガンが増えている。抗ガン剤や抗生物質が不足し、手術も満足に施せない状況で、罹患すれば死を待つような状況である。

・若者(20代~30代)の失業率が60%~70%もある。ガザには大学が8つあり、毎年多くの学生が卒業していくが、就職先はほとんどないのが実情である。

・大学を卒業しても就職できずに鬱々と暮らしている若者が、20万人いるとも25万人いるとも言われている。そのような状況下で、希望をもって生き抜こうとしている人もいるが、どうしたらいいのかが分からずに絶望している人も多数いる。

・ガザから20kmほどのところにあるイスラエルのアシュケロンという工業都市は、夜になると明かりが灯き、朝まで煌々としている。対するにガザは真っ暗である。その「格差」を毎晩見せつけられるガザの若者たち。彼らに大きな心理的影響を及ぼすはずである。

・絶望による自殺者が増えている。イスラム教では自殺は禁じられているので、例えばデモに参加して殺されるなどの方法で、自ら死を選ぶ人もいる。

■絶望が招く麻薬汚染や人身売買のひろがり

・イスラエルの麻薬密売人がガザに入ってきて、最初は質の低い(低濃度)麻薬を無料でばら撒き、次第に依存性が高くなってくると、質の良い(高濃度)麻薬を売り、お金をふんだくる。住民、とりわけ若者に麻薬を広めるというのは、コミュニティの現在だけでなく将来を破壊する行為である。

・子供の間に喫煙が蔓延しているほか、身売り(人身売買)の問題も出てきている。これはイラク戦争などでも見られたことであるが、貧困のどん底に落とし込まれると、このような事態が起きる。まさに人間の尊厳を根こそぎむしり取られるような状況となっているのである。

■ガザ境界でのおびたたしい死傷者数

ガザ地区の封鎖により、境界付近で厳戒態勢が敷かれる中、大勢のガザ市民が亡くなり、傷ついている。国連人道問題調整事務所(OCHA)のレポートによると、2018年3月30日~2019年4月30日の間に、279名が命を落とし、3万1514名ものけが人が出ている。

■イスラエルは定期的なガザ攻撃で新型兵器をテスト

イスラエルは、ガザ地区に対して定期的に攻撃を加えている。その目的のひとつとして、猫塚さんは「新型兵器のテスト(試用)」を挙げた。例えば、Butterfly Bullet(蝶型弾丸)と呼ばれる殺傷能力の高い弾丸や、新型ドローンを使ったミサイル攻撃、催涙ガスや毒ガス、汚水の散布といった使われ方をしていると列挙した。また、実際にイスラエル軍からの攻撃により重傷を負ったパレスチナ住民の写真を多数挙げ、イスラエルによるガザへの侵攻や封鎖の非人道性を強く訴えた。

■若者への医療奉仕団への参加が増えている

このような厳しい状況におかれているガザの状況を憂い、医療支援活動を精力的に続けてきた猫塚さん。依然として非常に厳しい状況にあることには変わりないものの、最近の明るい話題として、「医療奉仕団に興味を持ち参加してくれる若者が増えており、非常に頼もしい」と笑顔で語った。そして、パレスチナの問題と、我々自身が日常的に遭遇する問題、例えば地元での貧困のひろがりや、非正規雇用が増えていることなどを共通の問題として捉えることにより、底知れぬ大きな力を発揮することを、実例を挙げて語った。

■パレスチナの平和と自由のために訴えたいこと

猫塚さんは、パレスチナに真の平和と自由がもたらされるためには、下記のことが必要であると訴えた。

・ガザ地区の封鎖解除

・トランプ政権が強行した、在イスラエル米大使館移転の撤回

・ヨルダン川西岸の軍事占領や入植の即時中止

・世界中の全ての国がパレスチナを国家として承認する

・イスラエルが犯した国際法違反を処断する

・イスラエル製品の不買運動を行う

・イスラエルとの武器輸出入を中止する

・国際的に、親イスラエル政策を中止する

以上のような点について、国際外交と国際世論の高まりを図るべく、今後も積極的に活動していくことの重要性を説いた。

◎概要

非核の政府を求める兵庫の会 市民学習会

日本人医師が見たイスラエル占領下のパレスチナの現状

日時 2019年5月18日(土)14:00~16:30

会場 兵庫県保険医協会会議室
主催 非核の政府を求める兵庫の会
協賛 市民社会フォーラム/神戸YWCAピースブリッジ 

 2018年10月27日から11月17日にかけて、東エルサレムとイスラエルによる完全封鎖が11年目になろうとしているガザ地区で、「パレスチナ医療・こども支援活動」をされてきた猫塚義夫医師と、パレスチナ問題に深くかかわっている清末愛砂さんをお招きして、パレスチナのおかれている現状についてお話いただきます。



■猫塚義夫(ねこづか・よしお)さん

北海道パレスチナ医療奉仕団団長。整形外科医、勤医協札幌病院に勤務。2010年に北海道パレスチナ医療奉仕団を立ち上げ、パレスチナにて医療支援を毎年実施、今回で11回目を迎えた。日本でも現地でも、患者の向こう側にある「それぞれの人生」を考え、耳を傾けながら、一人ひとりの治療にあたっている。また医療活動を通じて見えてくるパレスチナ占領の暴力性について、精力的に発信を続けている。

■清末愛砂(きよすえ・あいさ)さん

大阪大学大学院助手、同助教、島根大学講師を経て、2011年10月より室蘭工業大学大学院工学研究科准教授。専門は家族法・憲法学。 著書に、『安保法制を語る!自衛隊・NGOからの発言』(共編著、現代人文社、2016年)、『緊急事態条項で暮らし・社会はどうなるか-「お試し改憲」を許すな』(共編著、現代人文社、2017年)、『右派はなぜ家族に介入したがるのか: 憲法24条と9条』(共編著、2018年)など。