【講演録】原田実さん講演「教育に忍び込む偽史・疑似科学~『親学』と『江戸しぐさ』を中心に~」(17/5/28@神戸)

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教育現場において、道徳教育の推進というお題目のもと、歴史的事実でないことや科学的事実でないことが、あたかも事実であるかのように子供たちに教えられていくという、まことに由々しき事態が進行しています。市民社会フォーラム通算200回の節目となる学習会に講師としてお招きした原田実さん(歴史研究家)は、教育現場に忍び込んでいるいわゆる「江戸しぐさ」や「親学」などの問題点を指摘し、教育界や政界の状況に憂慮の念を示しました。

(以下要約)

江戸しぐさを検証することにしたきっかけ

私が「江戸しぐさ」に興味を持ち始めたのは10年ぐらい前になる。その少し前に、公共広告機構(AC)のテレビCMで、昔の江戸の暮らしのマナーを江戸しぐさとして紹介したり、東京メトロが車内マナー啓発ポスター等で江戸しぐさを電車内で実際に行っているところというのが描かれたりしているのを見て、これは何だろうと関心を持った。

そもそも私は偽史や偽書に40年程前から関心を持っており、江戸しぐさについても調べてみたが、これは箸にも棒にも掛からぬ代物だなと思った。当時も「これはあまりにも酷いのではないか」というブログ等が出てきていたので、早晩立ち消えするだろうと思ってしばらく離れていた。ところが、5~6年前に、小中高の道徳教育の中に江戸しぐさがかなり組み込まれていることを知った。そこで江戸しぐさの問題を本格的に検証してみることにした。

キーワード1「TOSS」

キーワードのひとつが「TOSS」である。TOSSはTeacher’s Organization of Skill Sharing(教育技術法則化運動)の略称である。教師に対して教材源を提供したりしており、公称で1万人の小中学教員が参加している。TOSSには安倍首相をはじめ保守系の政治家たちが盛んにエールを送っている形になっている。

TOSSの授業案としては、江戸しぐさのほかにも、「水からの伝言」が入っている。これは、水に「ありがとう」という言葉を掛けて凍らせると、綺麗な形の結晶ができる、あるいは「馬鹿野郎」と声を掛けると結晶の形が崩れてしまうなどと大真面目に主張していた。さすがにこれは物理的にあり得ないということで、今ではTOSSでも大きく取り上げることはなくなったが、こういったものを教育界でいったん広めたのがTOSSだった。

※TOSSが取り上げたものとして、「EM(有用微生物群)」「縄文人南米渡航説」「ゲーム脳」「1/2成人式」「組体操」についても解説しています。

キーワード2「親学」

TOSSと並ぶもうひとつのキーワードが「親学」である。親学は、主唱者である高橋史朗氏(明星大学教授)の定義によると、「親として、子供の発達段階に応じてどう関わったらよいのかを学ぶ」ための学問である。親学はTOSSの教育システムにも入っているし、2012年に親学推進議員連盟が超党派で設立され、設立時に会長になったのが安倍晋三氏(現首相)、事務局長には下村博文氏(前文科大臣)、顧問に鳩山由紀夫氏(元首相)が就任。設立総会にはTOSS代表である向山洋一氏も出席した。

親学の歴史的根拠が江戸しぐさに依拠している

江戸しぐさに親学がどう関わってくるかについて。実は親学の歴史的根拠が、江戸しぐさに依拠している。高橋史朗氏が書いた「親学Q&A」という書物によると、「日本の子供は礼儀正しかった」とし、その理由として、「江戸の寺子屋等で、親と地域が一体で江戸しぐさを子供たちに教えてきた」としている。また、「NPO法人江戸しぐさ」は、「江戸時代には戦争のない平和な時代が続いた」とし、「平和な社会を支えたのは、江戸しぐさという共生の知恵である」という主旨のことを定義している。

江戸しぐさの具体例

江戸しぐさには、いくつかの具体例がある。このうち代表的な例とされているのが「傘かしげ」である。これは、狭い路地ですれ違う時に、お互いが傘を傾け、相手の道をお互いに作りながらすれ違うという、非常に美しい光景である。しかし、実際にこれをすると、江戸の狭い路地にある商家の土間に並べた商品に雨水をぶっかけることになる。また、和傘はすぼめるのが容易であり、傘をすぼめている場面は浮世絵等にも描かれているし、江戸では雨具として番傘や蓑が主流であったため、傘かしげを広める必要もなかった。

※「こぶし腰浮かせ」「時泥棒は十両の罪」「七三の道」についても解説しています。

江戸しぐさは誰が創ったのか

江戸しぐさを誰が創ったのかは特定ができている。芝三光(しば・みつあきら)氏という人物である。1970年代初頭に「江戸の良さを見なおす会」という団体を立ち上げる。1981年に読売新聞が江戸の良さを見直す会の活動を記事で取り上げる。この中に江戸しぐさという言葉が、現在確認されている文献上では初めて登場する。1986年に初の江戸しぐさ関連書籍である「今こそ江戸しぐさ第一歩」が出版される。

※江戸しぐさの普及に密接に関わった人々(芝氏に入門した越川禮子氏など)についても言及しています。

「江戸っ子狩り」があった?

芝三光氏に入門した越川禮子氏は、著書の中で「江戸っ子狩り」があったと言及している。江戸しぐさを使う人たちは官軍に見つかり次第、捕らえられたり殺されたりしていたとし、「ベトナムのソンミ村や、アメリカンネイティブのウーンデッドニーの殺戮に匹敵」としている。これは、江戸っ子を日本の先住民族になぞらえ、「海外の先住民族に起きた悲劇が日本にも起きてなければ」ということで、江戸っ子狩りという話が生まれてきたものと考えられる。

ありえない「江戸」の風俗

越川氏が書いた文献の中から、当時の江戸の文化に関する記述を拾ってみると、江戸の風俗としてありえないものが見受けられる。たとえば、江戸には黒砂糖入りのパンがあり、高級品にはショコラが入っていたとか、気温が25度を超えるとぶっかき氷がよく売れたが、気温を測るバロメーターとして、ご隠居が倒れたらすぐに氷を仕入れるとか、当時の江戸っ子が栄養食としてトマトを食べていたとか、江戸っ子はバナナが大好物で、皮をむいて中身を包丁で切って箸で食べていたといった内容。これらは、江戸時代のものというよりも、昭和初期の日本を描写したものと考えられる。

江戸しぐさはマナーとしては実用的だが…

江戸しぐさは、マナーとしてはかなり実用的なものが入っており、それを社員研修で使う分には問題ないと思う。しかし、教育現場で「江戸時代から伝わっているもの」としてしまうのは非常に問題がある。現代人による「創作」が歴史的事実として教科書に載り、教材に載り、今も学校で教えられている。これと似たものが「前期旧石器時代遺跡ねつ造事件」であり、江戸しぐさを歴史的事実とすることは、これに匹敵するスキャンダルだと思う。しかし、これに対する文科省の見解は、「道徳の時間は、歴史的真偽をとやかく言うべき時間ではない」というものである。

教科書に江戸しぐさを持ち込むきっかけ

教科書に江戸しぐさを持ち込むきっかけになったと思われるのが、高橋史朗氏である。高橋氏は1970年代半ばに生長の家学生会全国総連合委員長になった。当時の生長の家は大日本帝国憲法の復活と天皇の神格化を教義に据えていた。1981~82年に保守系シンクタンク・フーバー研究所の客員研究員になる。帰国後は臨時教育審議会専門委員、国際学校研究委員会委員など、教育行政の中核に関わる役職を歴任。

1990年代後半から感性教育研究所所長としてホリスティック教育を指導。これは、教育行政を介することで、地域社会や家庭に介入できるシステムとしても機能しうるものとなってしまっていると言える。実際、2004年に埼玉県教育委員、2007年には埼玉県教育委員長に就任(2008年まで)しており、埼玉県は親学のモデル県のようになっている。2006年に親学推進協会が発足。2013年に下村博文氏主催の講演会で「江戸しぐさ」を講義。現在、一般財団法人親学会の会長を務める。

親学の科学的根拠はどのような学者や学説に依拠しているのか

親学の歴史的根拠は江戸しぐさに依拠している。一方、親学は科学的根拠もあると主張している。では、科学的根拠とはどのような学者や学説に依拠しているのか。例えば、マスメディアで活躍している澤口俊之氏(元北海道大学大学院医学研究所教授)。発達障害は後天的な要因で発症するものなので予防や治療が可能であると主張している人物。この主張は現在の医学の常識とは全く違うものであり、むしろ発達障害は遺伝的・先天的要因が強い。しかも、発達障害を防ぐために「日本の伝統的な育児」を奨励している。このほか、いわゆる草食男子の増加は電磁波によるホルモン分泌異常が原因であるなどと主張している。

森昭雄氏(日本大学教授)は「ゲーム脳」を唱えている人物。ゲーム脳とは、ゲームを長時間した人の脳の働きが認知症患者とそっくりだという学説。但し、熟練した職人の作業中や、囲碁将棋の名人の対局中にも同様の脳の働きになるが、この学説だと、囲碁将棋の名人は認知症の老人と同じ脳の働きをしているということになってしまう。

※このほか、サムシンググレートなどについても紹介しています。

親学の歴史的根拠は江戸しぐさ、親学の科学的根拠はこのような脳科学等に依拠している。そして、それを推進している高橋史朗氏が国の教育と歴史の双方に影響力を持っているという状況である。

◎講演動画

◎概要

市民社会フォーラム第200回学習会
教育に忍び込む偽史・疑似科学
「親学」と「江戸しぐさ」を中心に
講師:原田実さん(歴史研究家)  
日時:2017年5月28日(日)14:00~17:00
会場:元町館「黒の小部屋」(元町映画館2階)

◎講師

原田実(はらだ・みのる)さん
1961年生まれ、広島市出身。龍谷大学卒。
八幡書店勤務、昭和薬科大学助手を経て帰郷、執筆活動に入る。
元市民の古代研究会代表。と学会会員。ASIOS(超常現象の懐疑的調査のための会)会員。
日本でも数少ない偽史・偽書の専門家であり、偽書『東日流外三郡誌』事件に際しては、真書派から偽書派に転じ、以降徹底的な追及を行ったことで知られる。
著書に『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』『江戸しぐさの終焉』(ともに星海社新書)、
『各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと』(共著、メタモル出版)など多数。