在沖米軍普天間飛行場の辺野古移設問題、そして東村高江のヘリパッド建設問題などが混迷の度を深めています。にもかかわらず、沖縄県以外のいわゆる「本土」の人々においては、この米軍基地問題が話題に上ることはあまりありません。むしろ、どこか他人事のようですらあります。
沖縄は、太平洋戦争末期の地上戦の犠牲となり、敗戦後はアメリカによる占領統治による本土との分断という憂き目に遭い、米兵による卑劣な事件が繰り返され、そして、昼夜問わずおこなわれる離着陸訓練による激しい騒音にも苦しんでいます。これは、在日米軍専用施設のほぼ4分の3が今も沖縄県に集中している偏重状態が最大の原因であり、その解消が急務となっています。
2016年9月3日に開いた学習会で、屋良朝博さん(ジャーナリスト・元沖縄タイムス論説委員)は、アメリカによる日本国民の分断戦略、沖縄を「捨て石」としてきた本土側の冷淡な姿勢、沖縄での基地反対運動に対する誹謗中傷に対する反論、そして安倍首相が唱える中国脅威論の無意味さなど、多角的な視点から示唆に富んだ講演をされました。
目次
- ◆沖縄についてのデマの蔓延に危機感
- ◆中国脅威論の悪弊
- ◆沖縄に駐留する海兵隊の存在意義
- ◆日本の安保に関する議論の欠如
- ◆労働人口63万人に対し基地雇用は9000人
- ◆日本で言われている「安全保障」は視野が狭い
- ◆沖縄の基地問題の大元は海兵隊
- ◆地理的優位性や抑止力への疑問
- ◆在沖米軍が日本を守ってくれているという思い込み
- ◆スコップを持つ海兵隊
- ◆靖国参拝と日米同盟の危機
- ◆在日米軍基地は日本のどこでもよい
- ◆沖縄でなければならない合理的な説明は不可能
- ◆沖縄の立場をアメリカは利用
- ◆解決案は31MEUの海外移転
- ◆質疑応答「辺野古移設は『唯一の解決策』ではない」
- ◆閉会のあいさつ「本土の反省も問われている」
- ◎学習会開催概要
- ◎講師プロフィール
◆沖縄についてのデマの蔓延に危機感
屋良さんは、インターネット上にあふれる沖縄反基地闘争に関する情報について、「目を覆いたくなるほど粗悪である」と憂いました。たとえば、「翁長沖縄県知事は中国からお金をもらっている」「知事の娘は中国企業で働いている」といった「言説」を挙げ、「そんなことを実際にやっていれば政治資金規正法違反で捕まるし、娘さんは那覇市役所で働いている」とし、これらの言説がデマであると指摘しました。また、インターネットがなかった頃の学生は図書館で調べものをするなどして学んだものですが、ネット検索で調べものをすることが当たり前となった今は、学生たちがネット上の誤った言説を信じてしまいやすい環境にあり、彼らが誤った認識を持ったままで今後の沖縄社会の中核を担っていくことに危機感を示しました。
◆中国脅威論の悪弊
中国脅威論についても、屋良さんは言及しました。複数の国と地域が領有権をめぐって係争中の南沙諸島すべてをすでに中国が占領していると誤解されたり、尖閣も含めた東シナ海も中国に取られてしまうかのような印象を持たれたりしていることについて、「中国が領有権を主張する九段線(きゅうだんせん)をすべて取る(領有する)のは、物理的にも軍事的にも外交的にも外交的にも難しい」としました。続けて、「中国とどうやってつきあっていくか」だと述べ、実例として、アメリカ第七艦隊の巡洋艦が中国の港に立ち寄って親善交流をおこなっている実態を挙げました。その上で、「そういったソフトな面が日本では報道されず、ハードコアな面ばかりが報じられ、まるで明日にでも中国が攻めてくるかのような印象を与え、『だから沖縄に基地が必要だ』という議論にすぐ飛んでしまう」と指摘しました。
また、中国軍の戦力に対する誇張にも言及しました。たとえば、中国海軍が保有する空母(ウクライナ製の中古を改装)に対する脅威論について、艦上で離発着する戦闘機のパイロット養成がまだ途上段階で、死亡事故も発生し運用が中断している現状を紹介。対するに、米海軍は空母11隻とそれに付随する護衛艦や潜水艦など強大な戦力を擁していることを挙げ、中国とアメリカは敵とする(まともに戦える)レベルにはないことを説明しました。
◆沖縄に駐留する海兵隊の存在意義
退役軍人らで構成されるアメリカの平和市民団体「ベテランズ・フォー・ピース」(VFP)が、年次総会で高江ヘリパッド建設反対と辺野古新基地建設に反対する決議を採択したことに言及しました。そして、高江の抗議現場に来ていたVFPの代表者のひとりである元将校(最近まで海兵隊基地のキャンプシュウワブにいた将校)から聞いた話を披露しました。これによると、「海兵隊は沖縄に輸送手段(船舶も航空機も)がない」ため、たとえば「朝鮮半島有事の際にはカリフォルニアから大型輸送機にて大きな部隊をピストン輸送し、それらの輸送が終わった後に、必要であれば沖縄の部隊が派遣される」ことを明らかにしました(詳細は屋良さんのフェイスブック記事に記載されています)。そのうえで、「沖縄に駐留する海兵隊が有事の際にほとんど動かない状況にあるにもかかわらず、辺野古の海や高江の森がつぶされ、オスプレイが飛んでいる状況は、いったい何なのか」と疑問を呈しました。
◆日本の安保に関する議論の欠如
我が国でこれまでおこなわれてきた安保反対闘争について、「冷戦終結とともに消えてしまった」と述べました。続けて、「日米安保体制に対する賛否が論じられてきた一方で、日本(独自)の安保をどうするのかという議論を我々は果たしておこなってきたのだろうか」と自戒を込めて問いかけました。一方、その間隙を縫う形で「近年、日本を取り巻く安全保障環境が著しく悪化している」として、秘密保護法や集団的自衛権容認、安保関連法や憲法改正にまで打って出ている安倍首相の動きにも触れました。この動きに対しては、(日米安保体制でない独自の)日本の安保体制についての議論が少ないことを挙げ、「それっておかしい。やはり(リベラル側も含めた幅広い層が)正面から安保を語らないといけない」と問題を提起しました。
◆労働人口63万人に対し基地雇用は9000人
屋良さんは、基地があることによって地域経済が保たれているといった言説に対し、異論を唱えました。特に、沖縄国際大学の前泊博盛教授による「1㎢あたりの生産性は米軍基地が9億円、(基地以外の)沖縄の土地は16億円」という試算を提示。加えて、「基地はお金を創らない。基地の中には産業はない。雇用はある。但し、その給与は私たちの税金から払われている」「(基地は)消費地であって生産地ではない。それが経済と呼べるのだろうか」と疑問を呈したほか、沖縄の労働人口が63万人いるのに対し、基地の雇用はわずか9000人であることを挙げ、「基地がなくなったら沖縄の人が飢えてしまう」という言説を否定しました。
◆日本で言われている「安全保障」は視野が狭い
「安全保障環境が厳しいから軍事・防衛面の強化が必要」といった言説がとかく主張されがちですが、屋良さんは「安全保障=security」の語源がラテン語であるとしたうえで、「se(without=~のない)+curity(心配事)」、つまり「心配のないようにすること」と解説。そして、「心配事は人によって考え方がそれぞれ異なることから、安全保障には定義がない」「経済面で交流を持つことも安全保障であるし、文化的な交流や人的な交流といった、いろいろな交流を持つことによって、お互いの相互依存が高まる。ケンカしないでおこう、となる」「戦争に勝者はないといわれる。必ず人が死に、コストがかかり、経済がグチャグチャになる」「戦争をどうやって回避しようかというのが安全保障であり、ハードパワー(軍事・防衛)とソフトパワー(経済・文化・人的交流など)を含んでいる」「日本で一般的に言われている安全保障=国防(防衛)という考えは視野が狭く、安全保障の一面しか見ていない」と持論を述べました。また、「自衛隊を国防軍にしなければいけない」といった言説に対しては、「安全保障は、(他国と)仲良くすることも含めて全部(ハード面+ソフト面)が安全保障だ」と強調しました。
◆沖縄の基地問題の大元は海兵隊
沖縄の基地問題の大元的な存在として、海兵隊の存在を挙げました。具体的には、「海兵隊が駐留するから普天間を使い、普天間が危険だから辺野古に移設しようとし、高江にオスプレイの離着陸帯を造ろうとしている」と解説。加えて、沖縄に駐留する米軍のうち、海兵隊の占める割合が61%(兵力比)あるいは75%(基地の面積比)であると説明しました。
◆地理的優位性や抑止力への疑問
日本政府は「地理的優位性」と「抑止力」のために沖縄駐留の必要性を強調していますが、海兵隊を運ぶ艦船は佐世保から来ることになっていることや、1隻に乗れる人員はせいぜい2000人程度であること、朝鮮半島などで大規模な有事が勃発すれば、場合によっては40~50万人規模の兵力が必要となる点などを解説。地理的にも人員的にも「沖縄である必要性」と整合しないことをあぶりだしました。
◆在沖米軍が日本を守ってくれているという思い込み
在沖米軍の再編については、1万8000人体制の海兵隊を1万人に減らす方針で、第4海兵連隊(歩兵部隊)や第9工兵大隊(5000人規模)をグアムに移転するのをはじめ、ハワイやオーストラリアにも兵力を移転させ、沖縄には司令部と第31海兵遠征部隊(31MEU)を残すことになっていると解説しました。但し、31MEUが1年のうち最長9か月も日本を離れていることを挙げ、「沖縄にいる米軍が日本を守ってくれているというのは思い込みである」と述べました。
◆スコップを持つ海兵隊
屋良さんは、2013年4月におこなわれた米比共同演習(バリカタン2013)における人道支援活動や災害救助活動(Humanitarian Assistance/Disaster Relief=HA/DR=ハーダー)についても言及し、HA/DRについて、「海兵隊の今の仕事のメインと言ってもいい」と語りました。たとえば、米比共同演習の際には、雨が降るたびに土の床面がぬかるんで授業ができなくなる小学校の教室に、スコップを用いてコンクリートを打つ支援活動を海兵隊がおこなったことを紹介。また、この演習には日本の自衛隊やベトナム軍、オーストラリア軍などのほか、中国軍も初参加したことを強調。さらに、2014年2月の米タイ共同演習(コブラゴールド2014)にも中国軍が招待され初参加。その際には、中国軍もスコップや刷毛を持って建物の補修をするなどの活動をしたことを紹介。このような、共同演習におけるHA/DRの進展の理由について、支援活動そのものが山岳地帯などに潜むテロ組織にプレッシャーを与えるとともに、住民の誤解(テロ組織によるアメリカなどを敵視する刷り込み)が解け、テロ抑止に有効に作用していることを解説しました。
◆靖国参拝と日米同盟の危機
各国がテロ抑止と大規模災害への対応を、安全保障上の重要課題と位置づけ、アジア太平洋地域における安全保障ネットワークを構築しようと取り組んでいる中で、「汗水流してフィリピンで人道支援活動をしている中、靖国に行ってかき乱している国がある。その動きに対し中国やアメリカは怒っている」と指摘。さらに、「安全保障を言っている人が安全保障を壊しているという実態にアメリカは怒った」とし、その具体例として、安倍首相が靖国神社に参拝した際にディスアポイント(disappoint=失望、がっかり)という言葉をアメリカ側が投げかけたことを挙げました。そのうえで、「日米同盟はこれまでにない危機だったことは、日本ではあまり報じられていない」としました。
◆在日米軍基地は日本のどこでもよい
米軍基地の多くが沖縄に集中している現状に対し、アメリカ政府は「基地は日本のどこでもよい」という立場を昔から取っていることを解説。その具体例として、1995年に沖縄で起きた少女暴行事件のあと、ペリー国防長官(当時)が「沖縄の兵力調整は、日本政府のいかんる提案も考慮する」と語ったことを挙げました。また、ジョセフ・ナイ国防次官補(当時)が「在日米軍は削減しないが、本土への移転を含めた沖縄の負担軽減を日本政府と話し合う」との意向を示したことも紹介しました。
◆沖縄でなければならない合理的な説明は不可能
守屋武昌防衛事務次官(当時)に屋良さんがインタビューした際の音源を紹介しました。その中で、アメリカのキャンベル国務次官補(当時)が普天間飛行場の北海道移設に理解を示したことや、それにもかかわらず県外移転の議論が進まなかったことについて、県道104号線越えの実弾砲撃演習の県外移転の際に、本土側の大反発により合意取り付けに苦慮したことなどを守屋氏が語る場面を披露。さらに、「海兵隊を置くとすれば沖縄しかない」と主張する守屋氏に対し、屋良氏が「沖縄に輸送手段がなく、大型輸送機をアメリカ本国から持ってくる必要がある。沖縄と九州では(輸送機到着の待ち時間は)1時間しか変わらない。どうして沖縄でなければならないのか」との疑問に、守屋氏が明確に答えられない場面も披露しました。また、「沖縄であることの地理的優位性はほとんどない。海兵隊はアジア太平洋地域をグルグル回っているし、彼らは中国軍と協力してHA/DRをやっている。抑止力と言うが、誰が誰を、なぜ、どのように抑止するのか、(合理的な)説明を聞いたことがない」と批判しました。
◆沖縄の立場をアメリカは利用
沖縄戦の兵力が、日本軍11万人に対し、米軍は54万人という圧倒的な差だったことや、沖縄守備軍の長勇参謀長が、「我々は結局、本土決戦のための捨て石部隊なのだ。尽くすべきを尽くして玉砕するほかはない」と語ったことを紹介。さらに、日本軍と行動を共にすることを強いられた一般の県民も、時間稼ぎの駒にされたと指摘。そういった沖縄と本土との関係を、アメリカは徹底的に情報収集・分析していたことも紹介しました。その事例として、アメリカ海軍が1944年に作成した民事ハンドブック(Civil Affairs Handbook)において、各方面(政治・経済・文化・人種・言語など)の学者を集めて徹底的に日本を分析した結果として、「日本人は琉球を人種的に同等とみなしておらず、差別している」「日・琉の間には、(アメリカが)政治的に利用しうる軋轢の潜在的な根拠がある」などと記されていることを解説しました。
さらに、外国の軍隊が独立国(他国)の中に駐留することの難しさを挙げました。沖縄に限らず、韓国、イギリス、イタリア、ドイツなどでも、駐留している米軍に対する反対運動が起きており、「政治的な圧力の対象になる」と指摘。日本においても、かつては山梨や岐阜、静岡などに海兵隊が駐留していましたが、安保反対運動や反基地闘争の激化などによって沖縄に移ってきたことを解説しました。
◆解決案は31MEUの海外移転
屋良さんは、基地負担が沖縄に重くのしかかっている現状を打開するための解決案として、31MEUの海外移転を提唱しました。31MEUの海外移転によって5000人規模の兵力削減となり、司令部(5000人規模)のみを沖縄に残す態勢となれば、戦闘機やヘリによる騒音問題がなくなる点などをメリットとして挙げました。これは、必ずしも日米安保体制(system=体制)を否定するものではなく、米軍再編(Defense Posture Review=軍事態勢見直し)によって沖縄の基地負担を軽減したり、あるいは中国を加えたHA/DRを積極的におこなったりすることが可能であると述べました。そして、その結果として辺野古の海や高江の森をつぶす必要もなくなり、オスプレイの配備も不要となることを強調しました。
◆質疑応答「辺野古移設は『唯一の解決策』ではない」
質疑応答の際には、聴講者から「31MEUは対テロや土木・医療活動をおこなっている。『だったら日本にいてもいいじゃないか』という話にすり替わらないか」という懸念が提起されました。これに対し、屋良さんは「(在日米軍が)何をやっているかが分からない(正しい周知が図られていない)ので、とにかく『日本を守ってくれているから、少しも減らしてはダメだ』というガチガチに固まった議論になってしまっている」と語りました。また、海兵隊不要論や代替案がかつて議論されたことなども紹介。政府が「普天間飛行場の辺野古移設が唯一の解決策」と言っていることについても、「唯一ではない。やり方はいろいろある。何を選ぶかということ」と述べました。
◆閉会のあいさつ「本土の反省も問われている」
屋良さんの講演の終了後、非核の政府を求める兵庫の会の風呂本武敏代表世話人が閉会のあいさつに立ち、「日本人の中にある構造的差別」について触れました。さらに、「沖縄の基地には反対だけれども、(移転先を)本土には受け入れないと言っている人がたくさんいると思う」と述べたうえで、「沖縄の基地問題を作り出した歴史的・地理的な条件について、本土の人々は本当に反省しているのかが問われている」と語り、私たち自身が真剣に考えるべき課題を提起しました。(了)
◎学習会開催概要
非核の政府を求める兵庫の会 市民学習会
それってどうなの? 沖縄の基地の話。
どうする?普天間、辺野古、そして尖閣問題
日時:2016年9月3日(土)17:00~19:00
会場:兵庫県保険医協会5階会議室
講師:屋良 朝博さん(ジャーナリスト、元沖縄タイムス論説委員)
主催:非核の政府を求める兵庫の会
共催:神戸YWCAピース・ブリッジ
協賛:市民社会フォーラム
◎講師プロフィール
屋良 朝博(やら ともひろ) さん
フリーランスライター。1962年沖縄県北谷町生まれ。フィリピン大学を卒業後、沖縄タイムス社で基地問題担当、東京支社、論説委員、社会部長などを務め2012年6月退社。「砂上の同盟」で平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞。