【字幕付き動画】福島県民健康調査における甲状腺スクリーニング検査の倫理的問題(髙野徹阪大医学部講師2018/04/14)

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2011年3月に発生した福島第一原発事故を受け、同年10月以降に福島県では「県民健康調査」がおこなわれており、原発事故当時の年齢が18歳以下だった38万人にのぼる県民を対象とする甲状腺スクリーニング検査が実施されています。その際に用いられている超音波による検査手法は明らかな過剰診断であり倫理的に大きな問題があるとの見解を述べているのが、大阪大学病院で甲状腺の専門医として診療や研究をおこなっている高野徹医師です。

この講演では高野医師が約90分にわたり、現状の甲状腺スクリーニング検査の問題点を語るとともに、約30分の質疑応答を通じて、高野医師の見解に対する賛否さまざまな意見を持つ来場者との活発な質疑や議論をおこないました。

講演全文テキスト

高野徹先生:本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。私が少し危惧してますのは、結構私は口が軽くて…このぐらいの人数だと、思わず友達言葉で喋っちゃうので、ちょっと失言とかぽろっとしそうで怖いんですけども、90分なので あまりひどいことを言うといろんな人に迷惑が掛かるので、今日はかなり抑えて、やろうと思います。

普段の学会とかではかなりガーッと飛ばすんですけど、今日は90分もたないかもしれないので、ちょっと抑えていきます。

甲状腺検査の倫理的問題ということで、最近よく私に言われるのが、福島県は高野先生に倫理問題を語らせるなんて恥ずかしいぞ、と言われていて、よっぽど私が倫理問題と言ったのが柄じゃないということで捉えてるみたいで。まあ実際に柄じゃないんですが。

なぜ倫理問題ということを私が委員会で口走ったか、ということまで話したいと思います。

 

実は本当に、私は去年の10月に福島に行ったときに、これはものすごく厄介なことを引き受けてしまったな、と思ったんですけど、これは厳密にはまだ確定してません。

但し、恐らく世界で最初の子どもの癌の過剰診断というものが福島で起こっている、ということで、これはどういう意味を持っているかというと、誰も経験したことがないことであるということ。

それから、もう一つは、誰も解決した経験がないので、みんな手探りで、ああでもないこうでもないとやっている状態、というのが非常に悩ましいところであります。一番悩ましいのが何かと言いますと、本当に専門家でもためらうほどの、え?本当なの?というようなことを福島県民に分かってもらわないといけない、ということが非常に辛いところでありまして。

 

まず、甲状腺癌の自然史、それから、過剰診断、それから、超音波検査の危険性。この3つですけど、いずれも多分どれも教科書に載ってないです。

具体的にどういうことになるかというと、例えば甲状腺癌だったら、転移していても治療してはいけない癌があるという事実。それから、過剰診断だったら早く見つけて早く治してはいけないという、通常の癌の常識とは全く違う概念。

それから、超音波の危険性といったら、超音波というと当てるだけだからどの医者に聞いても大丈夫だよ、と言うはずです。

だけどこれは違うということで、この3つの全く常識外れと一見取られそうなことを分かってもらわないといけないということで、これは非常に難儀だなあと思ったんですが。

多分、ここ半年でかなり皆さん勉強されてると思います。ここ半年ぐらいの進歩はものすごいんですけども、ぜひこれからもしっかりと勉強していただきたいと思います。

 

本日のテーマはこれだけご用意しています。甲状腺癌の自然史、それから、甲状腺超音波検査の功罪、福島で何が起こったか。私の目から見た福島の何が起こったかという状況を話したいと思います。

それから、過剰診断はなぜ止まらないのか、そして対策としてどうしたらいいのかというところまでお話しします。

 

1.甲状腺癌の自然史

まず甲状腺癌の自然史から入ります。自然史というのは、甲状腺癌というものがどのように発生し、どのような経過をたどるのか、という話であります。

 

これは今、教科書に載っている癌の一般的な話です。

正常な細胞が、癌遺伝子の異常というものがあって遺伝子が壊れるんですね。

それでまず腫瘍化する。腫瘍化して放っておくと、どんどん悪くなって、例えば増え方が速くなったり、転移能といって遠くに飛ぶような力を獲得したりする。

これは多段階発癌という、どんどん悪くなるということですよね。

だから、癌の一般常識としては、悪いものを置いておいたらどんどん悪くなるから、早く見つけて早く治療すべき、というのがつい最近までの癌の常識でした。

 

実際、甲状腺癌ではどんなことが言われてきたかというと、これが2013年までの考え方です。

甲状腺癌というのは中年以降、だいたい概ね30歳以降に出てくる。そこから ペースは違うんですけど、だいたいがゆっくり増えるのでそんなに怖くない。中にはガーッと増えるのがあって、こういうので癌死することはあると、こういうイメージで見てたと思います。

ポイントは、30代までは癌は無いというのが、甲状腺癌を研究している大部分の人たちの常識でした。

 

ところが、そういう方でも不思議に思っていたのが、若者の甲状腺癌なんです。これは私が見ていた例ですけど、いずれも小学生のときに撮った写真です。ちょっと見にくいですが、ヨードシンチグラフィーというもので、どこに癌の細胞があるかを見てるんですけども、この人は分かりやすいですね。

頭、肺、ここが胴体ですね。

ここは膀胱です、足ですね。

頭、胸、ここが膀胱になりますね。

頭、首、これは肺ですね。

これは多分小学生なんですよ。親御さんがこの絵を見たらびっくりするでしょう。うちの子はえらい(大変な)ことになってるわ、肺中に転移がある、というふうになるんですけども。このお三方、この写真を撮ったときは小学生です。今はもう大学生か成人になってますけど、3人ともピンピンしてます。

普通は「こりゃあかん」と思うと思いますけど、違うんです。だいたい子供の甲状腺癌というものは、子供はCTなどの検査を受けないので、だいたい大きな腫瘍がガツンと4-5cmあるようなもので、まず何か変だぞというのが見つかって、見つかってみると、こういうふうに首とか肺とかにバリバリ転移しているという状態で治療を受けに来ます。

聴講者:黒いところが転移しているところなんですね?

高野先生:黒いところはそうですね。ここだったらもう、肺が全部やられてる状態ですね。ものすごく派手に転移しまして、再発率も非常に高くて、40%というデータも出ています。だから、治療してもまた出てくると、大丈夫なのかという話になるわけですけども、放射線治療が非常に著効しまして、死亡例は極めて少ないということで。数が少ないのでなかなか正確な数字が出ないんですけども、だいたいのところで100人に1人とか100人に2人とか、要するに生存率が99%とか98%とか、そういうレベルの報告がされています。

 

これは私がつけた名前です。こういう癌のことをSelf-limiting Cancerと言っています。

これは英語ですね。日本語でちょうどいい名前がないので、まだ日本語で何と言うかと迷ってるんですけども、「途中で成長を止める癌」と言ったらいいのかなぁということですが、ちょっとややこしいので私は「若年型甲状腺癌」という名前をつけています。

これはいろんな言い方があって。例えば日本医科大学の杉谷先生は「低リスク甲状腺癌」と言っていますし、武部先生という方は「無実の癌」と言っています。

私がなぜこういう名前をつけたかということは、あとでご説明しますけども、何せこういう特殊なものであると具体的な成長過程が分かってきたのは、震災のあとです。2014年です。だから甲状腺癌の自然史の話をするときは、2014年以前と以後では全く話が違うということにご注意ください。

 

では、2014年のいくつかのデータを見ていきます。これは神戸の隈病院の伊藤康弘先生らが出したデータです。隈病院では、小さな甲状腺癌1cm以下のものは、すぐに治療せずに経過を見るということをしています。それで20年近く経過観察をして、どのくらいのペースで小さな癌が増えているかということを検討したんです。

横軸に注目ですが、これは月ではなくて年です。すなわち10年観察しても8%しか増えていないということで、すなわち大人では甲状腺癌、少なくとも小さなものに関してはほとんど増えていないということが分かります。

じゃあ、大人で増えてないんだったらどこで増えているのか、という話になりますよね。

30代40代50代で増えてないということは、子供のときに増えているとしか考えられないわけです。

これもびっくりするようなデータなんですけれど、年齢別に分けてみました。40歳未満、40歳から59歳、60歳以上で、どの世代がどのくらい増えているかということで、これも多分、最初見た人は、これは誤植じゃないかと思ったと思うんですよね。普通は歳をとればとるほど増えていくというのが、今までの考え方だったので、正反対なんですよ。若いときに増えているのに、60を過ぎると全然増えないんです。

要するに何が起こっているかというと、この1235例のうち 癌死した人はゼロなので、これらの癌は悪性化していないということなんです。

これがSelf-limiting Cancerというものです。

 

ということで、神戸の隈病院のデータで分かることは、恐らく子供の頃に増えているけども、大人になったら成長を徐々に止めていくという、こういう図が見えてきます。

 

もう一つ、これも有名なデータですけども、韓国のデータです。

韓国では、2000年ごろから甲状腺の超音波検査の施行数が大幅に増えまして、それとともに甲状腺癌が増えました。これはなぜかというと、小さな甲状腺癌は大人では非常に高頻度なので、超音波をかければそれが見えるということで、どんどん増えてしまったわけです。

その当時の考え方からすると、癌というのは置いといたらどんどん悪くなるから、早く見つかったものなら早く取りましょうということで、これは全員手術したわけです。

そういう考え方からすると、癌は小さなうちに予防的に切除すれば確実に癌死する例は減るはずだったんですが、不思議なことに5年たっても10年たっても15年たっても、ほぼ今20年経ってますけども、いまだに甲状腺癌の死亡率が減ってこないと。これは一体何なんだということになったわけです。

すなわち今まで常識とされていた、小さな癌が悪性化して癌死を引き起こすというのは、これは間違いということになってしまうわけです。

 

実はこのデータにはもっと深い意味がありまして、手術が無駄だったということですよね。要するに、超音波でしか検出できない癌というのは、手術しても無駄ですよということです。

それが具体的に何かというと、明らかな転移がない、例えばリンパ節が腫れたりしない、肺に影があったりしない、そういう方で、小さな癌が超音波でしか見つからないということは、多分1.5 cm未満です。

そういうものが手術しても無駄だったということになりますが、ところが甲状腺癌というのは変な癌でして、1cm以下の小さな癌でも 顕微鏡で見ると50%程度に、常に頸部リンパ節に転移しているんです。これは、甲状腺癌は早期に転移する頸部リンパ節転移というのは怖くない、ということの裏付けにもなるわけです

これがどういう意味になるかというと、転移してても一生悪さをしなくて、逆に手術したら損になるというものが確実にあると。しかもかなり高頻度であるということが、この韓国のデータは示しているわけです。

すなわち、転移しても治療してはいけない癌というのが、これ本当に人類史上初めて見つかったんです。

ということで、この韓国のデータが意味するのは、こういう小さなものが成長を止めたものですね。ここから悪さをするというのは、あるとしても非常に確率が少ないということです。

 

3つ目のデータは、去年出たばかりの福島県立医科大学の緑川先生のデータです。これは福島の子供の甲状腺癌の経過観察のデータから。

結論を言うと、大きなものほど成長が遅くなっているということで、こういうグラフ、ちょうど隈病院のデータで、ここはこうかなと描いたものを、今度はこっちからせめていく感じになるわけです。

多分ちょっと嫌な話ですけども、福島の甲状腺検査がこのまま進んでいくと、隈病院のデータとつながっちゃうんです。

 

ということで、今の甲状腺癌の自然史のまとめです。

まず多分、かなり子供の 若年者の段階で発生していて、そこから最初はかなり速く成長する。ところが中年以降成長を止めるので、これでは癌死する人はほとんどいない。あるとしても非常にまれ。

癌死するのはどういうのかというと、こういうゆっくりしたやつの中のごく一部が、突然中年以降バーンと増えるか、それとも全然発生母地が違うところから出るかと。

実は、これの一部がさらに悪くなるというのが多段階発癌説と言われるもので、全然発生母地が別というのが、芽細胞発癌というものです。

 

私がこのSelf-limiting Cancerという名前をつけた理由なんですけども、「若年型甲状腺癌」と、これから(ここでは)統一して言っていきます。

武部晃司先生はこれを「無実の癌」と言っています。ほとんど一生症状を現さない癌ということを言ったんですけど、実はあまり無実じゃないやつが一部あるんですよね。ごくまれでけど、多分若年発症で成長がめちゃめちゃ速いのが時々あって、それは臨床症状を出します。

ただ成長が遅いので、いずれ成長を止めるのでこういうふうになるんですけども、ただある程度超えるとやはり転移したりするので、治療は必要だということで、無実じゃないやつが極めて稀ですけど含まれてしまうので、ちょっと無実の癌というのは使いにくいなということで、Self-limiting Cancerとか若年型甲状腺癌と言っているわけです。

 

この頻度がどうかというと、1 cmぐらいのレベルの無実の癌との比率を考えたら、恐らく1対999なのでほとんどこっちです。

Self-limiting、要するに後々成長を止めると考えれば、発生初期、幼年期に非常に派手に増殖したり転移したりするのに、治療すると大人しくなるというのは、納得できる話になるわけです。

 

若年型甲状腺癌の経過をまとめていきます。

恐らく5歳ぐらいまでには発生しています。若いうちは比較的急速に増大します。

ところが中年以降、だんだん増殖が遅くなって、そのうち増殖を止めます。その段階でほとんどは微小乳頭癌、小さな癌ということで、一生を過ごしてしまうということになります。

 

ということで 甲状腺癌の大多数は、若年者では問題を起こしません。

子どもの甲状腺癌の精密検査をすると、早すぎる診断になりまして、一生悪さをしない甲状腺癌、これは過剰診断につながる。

30年から40年後に診断すればよかった甲状腺癌、これは前倒し診断と言いますけど、こういうものを拾ってしまうだろうということが、今の甲状腺癌の自然史からは推測できるということです。

 

実は若年型甲状腺癌の治療のタイミングというのは、ちょっと難しいと思っているんです。

最初は成長が速い、いずれ成長を止める。但し悩ましいのは、早期に頚部リンパ節に転移しているということなんです。

 

これがどういうことになるかというと、早く治療しすぎたらどうなるかというと、小さい内に小さいから取りましょうと取りますよね。でも、この段階でもう頚部リンパ節には転移してるんです。ここを取ったのはいいけど、何年かしたらまた頚部リンパ節だけ腫れてきたということはありえる。

まぁ最初から拡大手術してたらここまで取ってるんですけど、最初小さいからといって縮小手術をする可能性がありますよね。

そうするとこうなっちゃう。2回手術が必要になるということで、これが非常に悩ましいことで、どうしようかということで、今、縮小手術をしたほうがいいんじゃないかという意見もあるんですけど、私はちょっとそれはどうかなぁと思っているんです。

 

甲状腺の原発の腫瘍というのは、頚部リンパ節にまず行って、それから遠隔転移というふうに広がっていきますけど、遠隔転移は確かに防ぎたいんですよね。なぜかというと、手術だけでなく放射線治療が必要になるからです。

でも あまり早く治療しすぎると、再発して2度手術というのは嫌だということになるので、2回目の手術は非常に難しくなりますから、合併症が多くなるんですよね。

だからここを考えると、私の極めて個人的な見解からいうと、頚部リンパ節が腫れた辺りが(治療の)タイミングとしてはいいのかなと。

要するに頚部リンパ節が腫れた次は遠隔転移なので、ここになったらもう手術したほうがいいだろうということになるんですけど、早すぎる治療というのも、ちょっと問題があるかもしれないと考えています。

 

ついでに言いますけど、発癌モデルと福島の子どもの甲状腺癌ということに、ちょっとだけコメントします。

実は2014年まで主流だったいわゆる古典的多段階発癌説は、甲状腺癌は中年以降発生すると言ってたんです。

だから逆に福島のスクリーニングが許された背景というのは、子どもにスクリーニングしても出ないだろうという、多分そういう見込みがあったんだと思います。

ところが 今日ちょっと私が一箇所だけ自慢することがあって、ちょっと辛抱して聞いていただきたいんですけども、2014年の韓国と隈病院のデータと福島のデータというのは、私が前に論文に書いていた通りに全く一致したんですよね。

そこでこういう話をするようになったわけですけど、実はじゃあ、これで高野の天下になったか、と言われると全然そんなことはなくて、なぜかというと、今は多段階発癌と言っていた人も同じことを言ってるんですよね。

 

例えばこのDilwyn Williamsさんという方は、チェルノブイリにも関わった世界的な権威の甲状腺の病理医です。その方が何と言ってるかというと、ここに要約してますけど、2015年の論文で、甲状腺乳頭癌の大部分は幼少期に発生して、大部分の乳頭癌は大人の時期に死に至ることなく、極めて成長が遅い微小癌と呼ばれる状態で留まると。

私と全く同じことを言ってるということで、どこに違いがあるんだということなんです。

だから甲状腺癌の自然史に関しては、これは学術的なやり合いというのはないんです。

なので 今の芽細胞発癌と多段階発癌の違いというのは、どうしてそういう自然史が起こるのかというところで、メカニズム的なところで意見の違いがあるということで、そういう意味では非常に残念なことですが、福島県民は芽細胞発癌を勉強していただく必要はないという結論になるんですけど、興味があったら勉強してください。

ですからここから先は、芽細胞発癌とか多段階発癌か、という議論は出てきません。

 

2.甲状腺超音波検査の功罪

2番目、超音波検査の功罪、というところです。

まず、子どもが超音波検査を受けた場合、どんないいことがあるのかという話ですが、実はいいことは何もありません。

これが非常に重要な点ですけど、超音波検査で早く見つけておいたら、仮に甲状腺癌になってもその後の経過が良くなるという期待は、明確な誤りです。

これも誤解が多いんですが、今後放射線の影響で甲状腺癌が出る可能性があるとしても、超音波検査がその対策として有効という考えは間違いです。これは我々甲状腺専門医の常識です。

実は1月にWHOのメンバーとの意見交換会があったんですけど、そのときにある先生が、チェルノブイリの甲状腺癌になった症例の中で、超音波検査を受けたからこそ助かったという人が1人でもいるのか?という質問をされた先生がおられました。

私は隣で聞いていて、きついことを割と言われるなぁとは思ったんですけど、当然のことながら誰もその質問に対して回答できませんでした。これが常識なんですよ。

 

ところが、福島ではその常識がなぜか別のことになってしまっていて、超音波を受けたらいいことがあるということをみんな信じて、超音波検査を受けているというのが実情なんです。

そのエビデンスがどこかというと、まず米国予防医学サービス専門作業部会、ちょっと長いんですけど、これが非常に詳細な報告を2017年(去年)にしてまして、論文を読んでいただく必要はないんです。

結論としますと、世界中の論文を調査したんですけども、超音波検査を受けた結果、死亡率が改善したとか、その後の経過がよくなったということを示す論文は一つもなかった、ということを言っています。

これはあくまで大人のデータが中心なので、子どものデータが無いじゃないかと言われるかもしれませんが、子どもで有益だというデータもないということなんですよ。

一般的な常識からすると、要するに、経過の悪いやつの経過をよくするというのは非常に簡単です。ただ、元々経過がめちゃめちゃいいものをさらによくするのは非常に難しいので、そういうことから考えると、甲状腺癌というのは年齢が高ければ高いほど経過が悪いので、そういう高年齢の方に対しても超音波検査が有効でないということだったら、恐らくめちゃくちゃ経過のいい若年者の甲状腺癌に超音波をしても、経過を改善することは期待できないだろうというのが普通の考え方だと思います。

ということで、アメリカの甲状腺学会のガイドライン(2015)には、子どもにおいては超音波検査による癌の早期診断のメリットは不明であると記載しています。だから、仮に被曝の影響が考えられるような子どもであっても、いきなり超音波検査をするのではなくて、まず触診をしてから、異常があったら さらに精密検査をしましょう、ということが書いてあります。

ここはちょっと誤解を招くような論説もあるんですけども、アメリカ甲状腺学会のガイドラインでは超音波検査を勧めてはいません。

 

なぜこんなことになるか不思議だと思うんですけど、それはこういうことなんですよ。

甲状腺癌は超早期から転移しているので、ここで小さい段階で見つけましたといっても、すでにリンパ節に飛んでるんです。だから、はよ見つけたで どや! (早く見つけたよ どうだ!)と威張ったところで、早期じゃないんです。

だから早く見つけること自体、ほとんど意味がないということなんですね。

 

子どもが超音波検査を受けた場合、どんな害があるのか。これは一番害があるのは過剰診断です。

過剰診断というのはどういうことかというと、見つけても利益のない病変を見つけてしまうことです。

甲状腺の場合は、一生気づかれないはずだった癌を見つけてしまうということです。

 

甲状腺癌の自然史を見てもらったら分かるんですが、子どもの頃にグワーッと増えて、ほとんどが途中で成長を止めてしまって 一生悪さしない。一部はもしかするとこういうふうに悪化するかもしれませんけども、それも40代50代になってからです。

だから、このような将来ほとんど止まってしまう、仮に悪くなるとしても40代50代のものを、この位置で見つける必要性は、全くないはずなんです。

 

よくある意見ですが、小さい癌であっても、あったら心配だから見つけるべきという意見をよく聞きます。

ところが、これは本当に怖いんですよ。子どもの甲状腺癌の過剰診断って、めちゃめちゃ恐ろしいです。

 

若年型甲状腺癌は死なない癌です。でも癌なんですよね。なので、世間一般では 甲状腺癌と診断された子どもは、甲状腺癌の患者です。

本人も(自分自身を)癌だと思います。だから、診断されたその日から立派な癌患者になってしまいます。

10代20代で癌と診断されたら何が起こるか。過剰診断の議論で、例えば甲状腺癌は手術をちゃんとしたら、傷口もきれいだから問題ないですよ、合併症も少ないですよ、という話が出るんですけど、そういう話じゃないんです。傷つくのは体じゃなくて、子どもの心と人生なんです。

まず一番重いのは、その日から、明日をも知れぬ重病人扱いされてしまうということ。

本当に、子どもの人生を見ていると、大学行きますとか就職しますとか、結婚しますとか出産しますというそのたびに、悩みはる(悩まれる)んですよね。節目ごとにそういう波がくる。

残念ながら結婚差別が明確にあります。例えば結婚しようと思ったらパートナーの親から、まぁパートナーは言わないですよ…パートナーの親が、この子、小さい頃に癌をやってたんだろ?このあと寿命大丈夫か?とか、結婚して子どもを産んだら子どもが癌になるのとちゃうか?と絶対に言われるんですよ。

特に今、福島の子どもはこれからどんどん癌になるとか、福島の子どもは子どもに影響が出るから結婚できないとかいう風評がある中で、癌という診断をつけることの重さというものを認識しないといけないと思うんです。

 

もう一つある意見は、癌が見つかっても手術しなければ問題ない、経過観察しましょう、という意見も出てるんですよね。

これに私は明確に反対です。なぜかというと、経過観察のほうが手術するよりも残酷です。

 

ちょっと想像していただいたら分かると思いますけども、風評被害が収まらない中、子どもの甲状腺癌を治療しなかったらどうなるか、なんです。

そもそも10代20代で診断したら、ここから先の経過観察は50年60年ですよね。それ、普通はまぁできないでしょう。

それはそういう物理的なことがあると同時に、やはり同じく癌を持っているということで、人生の区切りごとに、「自分は大丈夫なのか?」と悩むんです。

それから 手術した場合は一応治した患者になるんですよね。問題なのは 手術したときと違って、でも手術しないと、こういう見方をされるんです。

特に、福島の子どもであることで、放射線のせいで癌になったのに治療も満足に受けようとしない子どもであるとみなされます。

これが多分非常に大きな差別を生むと思います。こういうのに耐えられないので結局手術になると思います。

そうなったら、「あーあ 最初から手術しといたらよかったなぁ」ということになるのが見えています。

だから私は、癌が見つかったら、やはり子どもの場合は手術したほうがいいんじゃないかと。大人と違って非常に経過観察はハードルが高い、というふうに考えるべきだと思います。

 

過剰診断に関する誤解を、いくつか解いておきたいと思います。

まずよくある意見が、「しっかりと検査すれば、過剰診断は防げるのでは?」。これはよく聞く意見ですよね。ただ、ちょっと考えてください。

どれが本当に治療の必要がある癌か分からないからこそ悩んでいるわけで、それが分かったら誰も苦労しないわけなんですよね。

2番目「外科医は手術をガイドライン通りやっているので、過剰治療ではないと言っている」と。これは現在のガイドラインはそもそも、見逃しを防ぐことが目的なんです。だからガイドライン通りやっても過剰診断は存在します。だから、今のは見つけないことを防ぐためのガイドラインなんですね。

それからもう一つ大事なことは、今の甲状腺癌のガイドラインは大人の癌を対象として作っています。だから、子どもの癌というのは非常に稀なので、それを意識したガイドラインではない。要するに、厳密な意味からすれば、今は子どもの癌に対するガイドラインというものはない、と考えていただいたほうがいいです。

それから 「過剰診断は医療過誤ではないのか?」。これもよく議論になりますけども、過剰診断、要するに癌を見つけ過ぎちゃいました、ということを罰する法律は今ありません。

だから、それで罰することはちょっと無理だろうと。それから、そもそも誰が過剰診断かというのは分からないんですね

私が、過剰診断ですと言ったって、君は過剰診断違うだろうと言われたらそれでおしまいです。

過剰診断の被害の問題点というのは、過剰診断の被害に遭ったからといって、誰にも泣きつくことができないということなんです。

 

これもよくある質問ですが、一生悪さをしない癌(過剰診断)ではなく、中年以降出てくる癌の前倒し診断の場合はどうなるかということですけども、これでも害はあります。

なぜかというと、病気である期間、癌患者とされる期間が数十年前倒しされるということと、まず大事なのは、やはり若者の場合は進学、就職、結婚があるので、このハードルを越えるのに癌患者であるかないかは、ものすごい差なんですね。だから大人の癌と全然違うということは、認識しないといけないということになりますよね。

 

ということで、福島県民が知っておくべきこと。

無症状の段階で甲状腺超音波検査を受けることで、得することは何もありません。

一定の確率で損をします。

だから、無症状の人に甲状腺検査を実施するのは、国際的には非推奨です。

 

では、どんな割合でこういう過剰診断、あるいは前倒し診断の被害に遭うのかということなんですけども、日本病理学会の剖検データベースがあるので、そこから潜在癌、すなわち生前には分からなかった癌が、どのくらい見つかるかというデータが取ってこれます。

それがこのグラフなんですけども、若い年代は数が少ないので、頻度に関してはちょっと疑問が残りますが、要するに15歳以上だったら見つかると考えてください。

35歳以上はだいたい数も揃ってるので、だいたい信頼できると思いますけども、頻度よりはグラフの傾きを見てもらったらいいと思います。

特に、ここがちょっと不安定ですけども、こうとかこうとかならないので、多分まっすぐ行くと考えて線を引くとこうなります。

ということは、ここの段階で、35歳の段階で、人間ドックのデータでは、潜在癌というのは超音波検査したら200人に1人見つかります。

ということは、15歳から35歳まで、こういうペースでガーっと上がるということが十分推測されるわけですよね。

ということで、35歳まで、県の計画では35歳までやるとなってますけども、35歳までやったら確実に1900人が過剰診断の被害に遭います。

3.福島で何が起こったか

というところで、次…ごめんなさい…これは2番じゃなくて3番ですね。

福島で何が起こったかというところを、私の感想も含めて話してみたいと思います。

まず、原発事故が起こりました。私は大阪で 金曜日だったと思いますね。何か揺れてるなぁと思ってボーッとしてて、その当時はまさかこんなところで話すとは思ってなかったんですけども、この当時いろんな情報が流れてきました。

我々甲状腺専門医がどう思ったかということを、このスライドにまとめてますけども、甲状腺癌の増加を予測していた甲状腺専門医は、私の知る限りいませんでした。

科学的には、甲状腺癌を調べる必要はないよね、ということをみんなで言ってたんです。

理由としましては、甲状腺癌のリスクになるレベルの被ばくはないということを聞いていたからですね

一つは、放出された放射性ヨードが少なかったこと。それから、牛乳の出荷制限等で、濃縮された放射性ヨードを飲むことがなかったこと。

実際、この当時出てたデータでは、チェルノブイリで放射性ヨードの被曝のリスク、甲状腺癌のリスクがあるところのレベルからは、桁が1つから2つ違うというデータが出てたはずです。

山下俊一先生ですね。この当時、 「ニコニコしている人のところに放射線の害は来ない」と言ってまして、みんな実は「山下先生 さすがにいいこと言うなぁ」と言ってたんですよ。それがあんなふうにバッシングに遭って、これどうなってるんだろうなぁという、そういう印象でしたね。

非常に残念ながら、こういうことがあったので、福島県民と甲状腺の専門家の間にはかなり溝ができてしまいました。

 

なぜ我々が放射性ヨードに楽観的だったかというと、バセドウ病や甲状腺癌の治療用として非常に長い歴史を持つもので、放射性ヨードの動態はよく分かっていないという意見もあるんですけど、これはものすごくよく分かってるんですよ。

半減期が8日なので、3か月ぐらいすると完全に消えてしまう。

ベータ線が甲状腺の細胞を破壊するんですけども、内照射によって体の中に入らないと影響はなくて、その辺にうろちょろする分には問題ないということですよね。

びっくりされると思いますけど、福島で騒がれてた量というのは10べクレルとか20べクレルですよね。我々がバセドウ病良性疾患に使う量というのは、数億べクレル。ちなみに私が今週扱った放射性ヨードの量を計算してみたら、41.81億べクレルなので、私の体には多分数十べクレルぐらい付いているので、怖い方は今日あまり近づかないほうがいいと思います。

大事なのは、ものすごく長い歴史があるので、バセドウ病の患者って若い女の人が多いので、若い女の人に投与した経験というのもあるんですよ。

その子どもさんたちも大きくなっていて、子どもさんにも全く影響がないということで、放射性ヨードは子孫には影響しない。これもはっきりしています。

 

2011年に県民健康調査が開始されました。超音波による悉皆(しっかい)検査だということを伺いました。

感想は、 「うーん、仕方がないのかなぁ」という感じですよね。多分、開始の理由はあくまで県民の安心のため、甲状腺癌が検出されないことを確認して収束されるんじゃないかなという感じだったのかな、と思います。これは私の勝手な推測です

実際、もし開始していなかったら、福島県を中心に無秩序な検査が行われて、さらに混乱をきたした可能性は非常に高いと思います。

 

こういう予想だったんですね、多分。

その当時の甲状腺癌の自然史の考え方では、甲状腺癌は30歳以降出てきてそこから大きくなるから、子どもで超音波検査しても出てこないから、出なかったね、で終わりにしましょうということだったんだと思います。

ところが、あにはからんや、未成年で非常に高頻度で癌が見つかって、大変な騒ぎになったということはご承知のことだと思います。

 

実は検査が始まって早々に、放射線の影響が少なかった会津地方で、他の地域と変わらずに多数の甲状腺癌が見つかりました。

この時点で、過剰診断または前倒し診断の存在が確定的になっていたわけなんです。

今から振り返ると、このデータというのは福島県民にとって非常に有益なはずだったんです。

実は、この検査は 3年後に開始したらいいじゃないかという意見が、最初はあったらしいんですけどね。もしこれを3年後にしてたと思ったら、ぞっとしますよね。

恐らくあっちこっちでバーッと甲状腺癌が出て、これは放射線の影響だということで、大混乱になっていた可能性が高いんです。だから直後にやったというのは、今から考えれば非常に英断であったと思います。

ですから、言っておかないといけないのは、福島県での甲状腺超音波検査というのは、震災直後の混乱を最小限に抑えるためには、有益だったということは確実だと思います。
これはしっかり主張したほうがいいです。

しかし2014年以降、超音波検査の有害性というのが明らかになった時点で、方向転換をすべきであっただろうということだと思います。

 

その当時、いろんな先生方の発言を聞くと、ちょっと言い方を変えてます、大人の癌を早めに見つけてるんですよ、ということですよね。

だから、実はここで発生するのではなくて、ここから出てきてゆっくり大きくなってるんだ、というところに解釈を変えていたような感じです。

これは私の私見ですので、本当にそう考えてはった(考えておられた)かどうかは分かりませんけど、現在見つかっているのは、中年以降見つかる癌を前倒しで見ていると。スクリーニング効果であるということになりますね。

 

ではどうなるかというと、1巡目ではここで、ここまでに増えた分を捕まえるからガバーっと見つかります。

ただ、2年後はここでスクリーニングするので、この幅は少ないのでほとんど見つからないだろうと。だったら、2巡目をやっても安心だろうねということで、多分継続したんだと思います。これも私の勝手な推測です。

 

ただ私は、この解釈は違うと思ってたんです。1巡目で拾い上げたら、2巡目では癌はほとんど出ないというんですね。

なぜかというと、癌というのは普通は2、4、8、16、32倍と指数関数的に増えます。だからこういう増え方じゃありません。こうなります。

じゃあどのくらい増えたら超音波で見つかるか、臨床的な癌になるかというと、超音波サイズまでは30回分裂が必要です。そこから臨床癌までは3-4回しか要りません。

だから、もしも今見つけているのが、大人の癌の前倒し診断だということだったら、ここで例えば20歳とかで、すでに超音波で見つかってると。ここまで30回分裂していると。

ところが大人、40歳50歳になるまでは、それまで2年に1回ずつ分裂してたのが、10年に1回ずつしか突然分裂しなくなって、また50代から増え出すと。こういう妙な話になってしまいます。だからこれは違うんだろうなと、きっと別なデータが出るだろうなと思ってたんですけども。

 

10代で見つかるものは、絶対に20代で臨床的な癌になるはずなんですね、計算上は。

実際2巡目以降も多数見つかって、さらに混乱を広げてしまったわけです。

 

だから、こういう考え方でいると、ちょっと分からなくなっちゃうので、もう一回 甲状腺癌の自然史に戻っていただいて。

子供の頃は最初は成長が速く、そのうち成長を止めるとしたら、もう子供のうちに出ていますから、子供で拾ったらいっぱい出るのは当たり前で、子供の年齢がどんどん上がっていくと。

特に15歳から25歳までは急に成長するので、2年ごとにやっていったら年齢が上がるたびに出てくるのも、これも当たり前ということで、何の不思議もないわけです。

 

2013年ごろから韓国で過剰診断が話題になりまして、私も韓国の研究者と色々話をするようになりました。

 

2015年10月に、韓国内分泌学会で話してくれと言われて行ったときに、韓国の状況を聞けまして、この当時、韓国ではすでに過剰診断が非常に社会問題になっていて、何とか抑えようということで、向こうでは8人ぐらいの非常に少数のお医者さんだったらしいんですけども、非常にアクティブに抑えましょうということで頑張りはって(頑張られて)、2015年時点では超音波検査は下向きで、癌の症例数も下向きになっていました。

よかったですねと帰ってきて、ちょうど翌週に日本甲状腺学会があったんですけども、まぁちょっと私、失礼な話ですが、非常に愕然としまして。

その当時でもまだ、福島の超音波検査を頑張ってやるぞ! という雰囲気だったんです。

 

その瞬間、これはもしかして福島の子供って非常に危険な状態に置かれてるんじゃないかな、ということで、そこで初めて非常に恥ずかしながらですけども、その時点で初めて気づいたんです。

そのあとに書いたのが、この私のホームページの文章ですけども、「若者の甲状腺癌をどう扱うか」ということで、ここからちょっと足を踏み入れてしまったと。

実はこれを書いたときに非常に反響がありまして、こういう情報がやはり必要とされてるんだなぁ、ということが非常によく分かりました。

 

福島で発生している甲状腺癌は何者か? これは非常にはっきりしてます。疑いの余地がないです。

まず県及び環境省の説明からは。ほとんどが過剰診断の結論以外導けません。

これは3段論法ですけども、まず小児甲状腺癌の自然発生数はというと、福島県の人口なら数人しか出ないはずです。

2番目、放射線の影響なのかと言われたら、国連の機関のUNSCEARが放射線による健康被害は、考えにくいと結論づけています。放射線の影響じゃない、じゃあ何なのと言われたら、余分の症例は検査しなかったら見つからなかったはずの癌ということでいいですかとなったら、そうですと言うしかないですよね。

これは県も環境省もここまで言ってないですけども、要するに放射線の影響じゃない。明らかに増えている。じゃあ差は何かといったら、検査してるからという結論以外は導けません。

 

4.過剰診断はなぜ止まらないのか

4番目、過剰診断はなぜ止まらないかという話をしたいと思います。

 

過剰診断って、私も理屈上は分かってたんですけども、実際に対応してくださいと言われたら、恐ろしいなと思ったんです。

なぜかというと、いくつか理由はあるんですけど、まずすぐに分からない。あとで分かるんですよね。

親としては子どもを被曝させてしまったかもしれない、いてもたってもいられないと。子どもが癌になったら心配、検査を受けさせたいと思って受けさせますよね。

検査に来ました。内科医はどう言うかというと、それ大事ですね、一生懸命見つけましょうと言って、一生懸命見つけるわけですよ。

何か見つかったぞ! になりますよね。

見つかったらどうなるか。外科に回します。外科医、見つかりましたね。じゃあ手術やめときましょうか、なんて言いませんよね。よし、見つかりました。では早めに手術しましょうとなります。

ということで、ところがこれを繰り返していくと、あれ? 何か妙に多いなぁということになるわけです。

 

誰も自分が悪いことをしているとは思わないわけですよね。

実際誰も悪いことはしてません。親、何で検査を受けさせたんですか? 子どもを被曝させてしまったかもしれないし、子どもが癌になったら心配だし、検査を受けさせたい。親の気持ちとしては当然至極です。

内科医としたら、やはり親がこれだけ心配してるんだから、頑張って見つけてあげたいとやはり思うじゃないですか。一生懸命見つけるんですよ。

外科医、せっかく早く見つかった。親も心配している。じゃあ早く手術してあげようとなります。

だから誰も悪くないですよね。でも症例が増えてくる。誰も止められません。

 

親、検査を受けないと不安。不安でいてもたってもいられない。受けさせないという選択肢はありません。

内科医、見つけて(見つけたのに)見逃して、見逃したじゃないか! と言われるのが嫌なんですよ。

今の医療体系ではそうなんですね。見逃しは非難されるので、見つけにいくんです。

見つかってしまった。

外科医、手術しないで置いときましょうなんて絶対に言いません。なぜか? その結果悪いことがあったら、非難されるからです。

これは、今の医療体系がそうなってるわけです。だから、早く見つけて早く手術しないと非難されるんですよ。

早く見つけて早く手術したら、何も文句を言われないんです。

だから誰も止めようとしないんです。

結局また、何か数が多いなぁで終わってしまうということになるわけです。

 

じゃあ、何か悪いことをしたかなぁと思うかというと、多分今回の福島の件でもそうですけど、内科医としたら、悪いことをしたと思いたくないんです。

早く見つけてよかったね、にしたいんです。そのほうが平和でしょ。なのでそうします。

外科医、これはもう特に外科医はそうなんですよね。無駄なものを切っちゃったと言われるのを、ものすごく嫌がります。自分が手術したのは、手術すべきものだったということを信じたいんです。

実は一番、多分違うと思うのは、親だと思うんです。

親が例えば、過剰診断だということを言われたとしますよね。信じるかというと信じないんですよね。

なぜかといったら、自分が検査を受けさせた。手術を受けさせた。それが無駄だなんて、とてもじゃないけど受け止められないでしょ。

だから、過剰診断ですか? と言われたって、過剰診断です。あぁそうですか、なんて絶対ならないです。

逆に多分、過剰診断だという話になったら、その親御さんは他の人に、うちの子は早く見つかって助かったんだから、あんたも超音波検査受けなさいねと多分言います。

これが非常に問題になるところだと思います。

 

ちょっと先程も言いましたけども、過剰診断の恐ろしさの一つで、誰が被害に遭ったのか 、誰が被害に遭ってないのかが、全然分からないんです。

過剰診断の被害に遭ったと訴えたところで、例えば福島県では今200人近くが甲状腺癌と診断されてますけども、その中には必ず、治療してよかった例というのがあるんですが、治療してしまった以上、誰が治療してよかった人で、誰が治療する必要がなかったかが分からないんです。

治療が有効だった人が一定数含まれてしまうから、過剰診断だ!と訴えてみても誰も話を聞いてくれないということで、非常に厄介な状態に置かれてしまうわけです。

 

過剰診断は、正しいことをやっていても起きます。過剰診断は被害に気づかれにくいです。みんな正しいことをしてるんですよ。

でも、何か変な、正しそうな綺麗そうなのがいるんだけども、何か変だなぁみたいな感じ。で

ちなみにこれは僕が作った過剰診断のゆるキャラで、「過剰くん」と言うんですけども。

この過剰くん、注意しないといけないのは、非常に綺麗な姿をしています。一見、悪そうな姿は絶対してないんですよ。ただ、これに非常に注意が必要です。

 

5.子どもたちの未来を守るために何をすべきか

では最後のところに行きますけども、子どもたちの未来を守るためには何をすべきか、ということをちょっと考えてみたいと思います。

 

必要なのは科学と倫理だと思います。

まず大事なこと、科学を伝える。これは大原則だと思いますけども、今福島で起こっていることは、非常に簡単なことなんです。

超音波による過剰診断、これ以外の結論にはまずなりません。

いろんな人がいろんなことを言ってます。ポジショントークもあるんですけども、ただ誰が何を言おうと何をしようと、最終的には本当に1+1=2みたいな話なので、科学的に正しい結論に行く以外の結末はないんですね。

だから、結論というのは超音波検査の中止なんですが、要するに遅いか早いかだけの問題だと思います。

ただ、被害を最小限に食いとめるためには、できるだけ早く解決したいと。

それにはどうするかというと、まず専門家が、あまり正直はっきり申し上げにくいんですが、脚色しはる(なさる)専門家がいはる(おられる)んですよね。少し色をつけちゃう。これはすごくよくないと思うんです。

過剰診断にもいろいろあって…みたいな話をされる方がおられるんですけども、これは非常によくない。

ストレートに愚直に、率直に、科学的な事実だけをしっかり同じことを、何べんも何べんも言ったらいいと思うんですけども、言うべきだと思うんですね。

そこで何か妙なポジショントークが入ったり、脚色がついたりすると、本当に分かりにくくなって、事態を先延ばしさせてしまうと。

とにかく科学的にストレート、ど真ん中をずっと伝えつづけるということが、特に我々専門家の責任としては大事なのかなと思います。

是非皆さんに理解していただきたいのは、今理解できてない人も、いつかは絶対に理解します。

なぜかといったら、本当に1+1=2みたいな話だから。他の結論になりようがないんです。

ただ、日本というのは民主主義の国なので、大多数の方がその結論に納得してくれないと物事が動かないので、今あっちの方向に行ってる方にも、ちょっとこっちに寄ってきてほしいんですよね。

そこで例えば、我々から見てると1+1=10みたいなことを言ってる人もいっぱいいるわけですけども、そういう人もいずれは1+1=2と言うと思うんですよ。

ただ我々が、向こうが1+1=10と言ってきたときに、1+1=2だよと上から目線でいくと相手も立場があるので、1+1=10とか11になっちゃうことが多分あると思うんですよね。

だから多分、そういう方も長いことやってると、ちょっと俺、何か少しずれてたかなと思いはる(お思いになる)タイミングがあると思うんです。

そういうときに、池乃めだかみたいに、これぐらいで勘弁しといたろか…みたいな感じで戻って来れるように、少し隙間を作っておいてあげたほうがいいのかなと思います。

私自身も、どうかなと思う人のアプローチもよく受けるんですけども、あまりそこでガチンコに勝負するのはよろしくないかなと思っているんです。

 

ここから先は、かなり難しいというか、ややこしい話をします。

医学倫理の話ですね。医学倫理というのは、一番大事なものは何かを考えることだと思うんです。

この福島の問題の中で、科学的に正しいことをしましょうでは決着がつかない議論というのがあります。

特に一番厄介な議論は、ここに挙げてあるんですけども、「福島県民が不安を抱えている限りは、超音波検査を続けるべきだ」とか、「しっかりと検査を続けて健康影響がないと分かって、初めて福島県民は安心する」とか、こういう議論は検討委員会でもしばしば出てくる議論です。

これは正論なんですよ。まごうことなき正論なんですが、何か違和感があるんですよね。本当にこれでいいのかどうかということです。

 

ずーっと違和感があって、私、それで思い出したことがあって、下手な漫画ですけど 2015年ぐらいですよね、ちょうど甲状腺癌の自然史という話で、ひっくり返ったという話が出たときに、結局それが最終的に決定打になったのは、やはり福島のデータだったんです。

そこで私はこの話を20年ぐらいやってたので、ある学会で講演したあとに、ある、ずーっと昔から私のことを知っている先生が、講演のあとで、「ああ君よかったね。福島のおかげで 、20年言ってたことがやっと認められたね」と(その先生が)言ったんですよ。

そのとき、20年ですよ。普通は嬉しいと思うじゃないですか。全然嬉しくなかったんですよ。

すごく嫌な感じがした。これは何だろうなぁと思って、すごく違和感があったんですけども。

それともう一つ、最近よくある議論で、「38万人検査した」 。これは世界に稀な事態で、要するにそれによって、子どもの甲状腺癌の自然史というものが、はっきりと分かってきたわけです。

ここまで来たら、もう頑張ってやりましょうよという意見が実はあるんですよね。

頑張ってやったら、それこそ、例えば僕が言ってたように、甲状腺癌の自然史がはっきり分かる。

特に、あと30年続けたら、そのあとこういう、子どもで見つかってる癌がどういう経過をとるのかもはっきり分かるから。

今まで20年間やってきた多段階発癌、芽細胞発癌の議論も、そこで決着がつくじゃないですか。やりましょうよという話が実際あるんです。

 

これも確かに、私にとっては非常にいい話なんですが、やはり気持ち悪い。これ、何だろうなぁというところに思い至って、こういうことなんだと思ったのが、医療不信といって、お医者さんのことが信用できないという人が結構いるんですけども、私の感覚では、ほとんどの医者は誰でも、目の前の患者が傷つくのを見たくないという本能があります。

これは本当に本能です。

自分が実際に目にしている人たち、この人たちが、例えば自分のしたことで悪いことが起きるという結末だけは見たくないという意識が、あるんですよね。

これは何に基づくのかと思ったときに、医学倫理だと思ったんです。

 

じゃあ、今まで感じてきた違和感というのは、医学倫理というものを調べたら、何か解決の手立てがあるんじゃないかと思って、本当に学生以来、ヘルシンキ宣言というものをちょっと見てみたんですが。

このヘルシンキ宣言、一応ご存知ない方のために言っておきますけども、第二次世界大戦のときにナチスドイツがむちゃくちゃなことをやりまして、医学研究と称して人体実験みたいなことをやったので、これはさすがにいかん(いけない)だろうということで、戦後に医学者たちが集まって、医学研究というのはこういう形でやりましょうね、ということを決めた医学倫理的な原則であります。

3-4ページの非常に短い書類なのでざーっと見ていくと、こういう文章がありました。

一応言いますけども、研究する場合ですよね。

ヘルシンキ宣言第9項、被験者の生命、健康、尊厳、全体性、自己決定権、プライバシーおよび個人情報の秘密を守ることは、医学研究に関与する医師の責務である。被験者の保護責任は常に医師またはその他の医療専門職にあり、被験者が同意を与えた場合でも、決してその被験者に(責任が)移ることはない、と書いてあります。

これはちょっとややこしい書き方をしていますけど、何を言っているかというと、被験者、要するに検診を受ける人がやってくれと言ってるからといって、健康被害が発生するような研究をしちゃダメだよということを明確に言ってるんです。

要するに福島の場合は子どもですよね。だから、この医学倫理の規定では、まず対象者である子どもを守れと非常に明確に書いてあります。

これで何とかなるかなぁと思ったわけです。

 

実際、今の福島の超音波検査が医学倫理を逸脱している点を、一つずつチェックしていきます。

まず、インフォームドコンセント。これは、対象者にどのような情報を与えるかという話です。

これはヘルシンキ宣言の第26項、それぞれの被験者候補は、目的、方法、資金源、起こり得る利益相反、研究者の施設内での所属、研究から期待される利益と予測されるリスクならびに起こり得る不快感、研究終了後条項、その他研究に関するすべての面について、十分に説明されなければならないと。

実際はこれだけ説明するのは、なかなか困難ではありますが、少なくとも最低限の情報は与えないといけないはずなのですが、今のインフォームドコンセント、説明文はどうなっているかというと、こう書いてあります。

まぁ禅問答ですよね。検査の結果、治療が必要な変化が発見され、早期発見、早期治療につながることもありますが、甲状腺の特性上、治療の必要のない変化も数多く認めることになり、ご心配をおかけすることもあります、というようなことで、失礼ながらこの最後の、「ご心配をおかけすることもあります」でずっこけてしまったんですけども。

なぜこんな文章になったのかというのは、それぞれ裏事情があるんだと思いますけども、何とも言い難い…まぁ何なんでしょうねぇという感じなんですよね。これでは対象者は、何がよくて何が悪いのか全く分かりません。

なので何を説明しないといけないかと言いますと、まず私が一番問題だと思うのは、多くの福島のお父さんお母さんが、子どもに甲状腺超音波検査を受けさせたら、いいことがあると思って受けてます。

でもいいことないんですよ、何も。

だから、甲状腺超音波検査は、個人には、健康上の利益がないことを説明しないといけない。当然ですね。いっぱい調べたら、放射線の影響があるかないかどうか分かるかもしれません。それは個人個人の利益ではないわけですよね。福島県としての利益なんです。

だから、自分の子どもが自分の子どもがと言って受けさせるのは、これは明らかに間違った受診態度なんです。その説明が全くされていない。

それから、過剰診断という深刻な不利益があるということが、「ご心配をおかけします」の一語で説明されてしまっていると、何のことやら分からないということですよね。

それから、やはり利益より不利益が上回る検査であることを明確に説明するべきであろうと思います。

 

もう一つ、甲状腺超音波検査が医学倫理を逸脱している点ですね。

これは学校検診なんですけども、ヘルシンキ宣言の第25項、「医学研究の被験者としてインフォームドコンセントを与える能力がある個人の参加は、自発的でなければならない」とあります。

要するに、強制性があってはいけないということですけども、これは学校で行なっていること自体に、強制性があると捉えられても仕方がありません。

だから、強制性を極力排除して 本当に希望する対象者だけ、子どもだけが、検査を受けるようにしないといけない。

これは当たり前のことでありますが、特に今は、例えば3時間目が終わって1時間あけてその間に検査して、また次の授業を始めるという形でやってますので、業間(授業と授業の間の休み時間)でやってるんですよ。

業間でやってたら、もしも子どもが検査を受けたくないという意思を示したとしたら、例えば90%ぐらい受けてますよね。そしたら、受けたくない子どもは、一人だけポツーンと教室に残ってぼーっとしていないといけないということになる。

じゃあやはり、どうしてもそんなの嫌だからみんなで受けようという話になりますでしょ。これは非常にまずいということで、少なくとも業間の検査の実施というのは、これは、やめたほうがいいだろうなと思います。

それから、学校がする、先生が指導している、これはすごく信頼感があるんですよね。

だから、「ものすごくいい検査だ。これは受けないと、何かきっと悪いことがあるに違いない」と思われてしまいます。だから、学校のスタッフの発言とかにも気をつけていただかないといけないかもしれません。

要するにこの検査というのは 学校で(普段)やっているような、体重測定とか視力検査とか、そういう性質のものじゃないんです。

子どもに対するメリットを想定してやってるものじゃないんですよ。子どもに対するメリットを想定してやってるものじゃないので、そこのところを十分に認識してもらう必要があると思います。

だから、学校検診という体制は、非常に要注意だと思います。

 

実は、ヘルシンキ宣言に厳密に従えば、超音波検査というのは継続することができません。

なぜかというと、ヘルシンキ宣言の第16項、「人間を対象とする医学研究は、その目的の重要性が被験者のリスクおよび負担を上回る場合に限り行うことができる」ということで、超音波検査というのは、明らかに不利益があります。

だから、その不利益を上回る利益をどこかから調達してこないと、医学倫理上は超音波検査を継続することは無理なんです。

 

じゃあ、どこにその利益を求めるかということです。それは、超音波検査自体で求めることは難しいわけです。

よく言われているのは、不安の解消なんですけども、本当に福島県で行なわれている甲状腺超音波検査は、県民の不安の解消に役立っているでしょうか? ということですね。

私が個人的にびっくりしたのが、こころのケアサポートというものです。

これって要するにトラウマ対策ですよね。皆さん、トラウマ対策が必要な検診って、聞いたことありますか?

私は非常に失礼ながら、ある福島関連の環境省の省庁の関連の人が説明に来たときに、ちょっと噛みついてしまったんですけど、え? トラウマ対策が必要な検診って、これってどうなの? と言ったんですけど。ちょっと異常ですよね。

そもそも大阪にいると非常に分かるんですけども、大阪の人たちは福島の甲状腺癌、200例近く、放射線の影響だと思ってます。これを、私が講演するとびっくりするんですけども、医療関係者ですよ。私の講演を聴いたあとで、「先生の話を聴くまで、福島の甲状腺癌って、全部放射線のせいだと思ってましたアハハ…」と言ってるんですよ。

なので、これはマスコミとかも悪いんでしょうが、検討会議とかで、福島の甲状腺癌が増えたと言われるたびに、福島の子どもは放射線の影響でダメになっているという、そういう風評が広がってるような気がしてなりません。

 

これは、今日の一番大事なスライドです。

甲状腺超音波検査の問題を、非常に短く象徴的に表した文です。

これは、「福島の甲状腺検査は誰のためのものか」というもので、服部美咲さんという方が書かれたんですが、これね、一点だけ非常に残念なのは、雑誌がこれなんですよね。

日本原子力学会雑誌(日本原子力学会誌)。

ちょっと色が付いてしまってて、もっとこれは多くの人に読んでいただきたいんですが、福島県立医大の緑川早苗先生の話として、こういうことが書いてあります。

子どもたちの多くは、甲状腺検査を受ける意味を理解していません。でも、この甲状腺検査によって、福島では放射線による健康被害が出ていないということがいずれ証明できるかもしれない、という説明を受けると、「福島が大丈夫だということを証明するために自分がこの検査を受けていると分かって嬉しい」と語ります。

これですね…、私はこの文を読んで10回ぐらい泣いたんですけども、非常に切ないですよ。

なぜかというと、福島の子どもは 親をはじめとした大人を安心させようと思って検査を受けてるんです。そして、誰が犠牲になるかというと、自分が犠牲になるんですよ。

それと、もう一つ切ない点は、うちの子どもは放射線の影響なんかどうでもいいから、放っておいたらいいよ、という親の子どもは、この過剰診断の被害を受けないんですね。

だから、子どものことを真剣に思っている親ほど被害を受けてしまう。そして、親が心配してるから、やっぱり受けようかなぁという子どもほど被害に遭うんです。

 

これはものすごく切ない状況ですよね。これはどうしたものかなぁということなんですが、不安の解消はメリットにはなりません。

なぜかというと、先ほど言いましたけど、多数の甲状腺癌が検出されたことで、逆に不安を煽る結果になっている可能性…可能性というかこれが事実ですよね。出るたびに騒がれる、出るたびに福島のことが危ないと言われる、こういう状況になってしまっていると。

それから、健康被害の発生に対する不安解消のために、この検査を始めたはずなんですよ。それが健康被害を出してどうするんだという話です。これは大きな矛盾です。

それから3番目として、やはりこれは考えてあげないといけないんですけども、対象者は検査の意義を理解することができない子どもなんです。

大人が不安がるから、大人がデータが欲しいから、大人が納得していないからという理由で、子どもに犠牲を、しわ寄せを押し付けるのは、いかがなものかと。大人としてそれはいいの? というのは、必ず考えていかないといけない問題だと思います。

 

もう一つ、これも考えていかないといけない問題なんですけども、このまま超音波検査をずっと続けていったら、放射線による健康被害が検出できるかもしれない、だからやりましょうという意見。

これも非常に強いですよね。理解できますが、ただ冷静に考えていただきたいんですよね。

放射線による健康被害の有無に関して、今後大きな変更が加わりそうですか?

今どういう状況かというと、UNSCEARのデータを始めとして、放射線の影響は見えないと言ってますよね。

今38万人検査して、しかも7年経っている、その状態でまだ見えていない。

これからどうなるかというと、もう3巡目の検査結果ではっきり分かっているように、受診数がどんどん下がってきます。

それから、しかも年齢が高くなるので、そういう方々は転居してしまって、ものすごく検査の解釈に対する阻害因子が出てくるんですよ。

今分からないのに、これから先、健康影響を検出することが可能であろうかと考えたときに、多分 これは私の個人的な意見ですが、現状の検査は健康影響を見つけるためにやっている検査じゃないと思うんですよ。

恐らく、健康影響が見えないことを確認する検査で、多分このままどれだけ続けても、「健康影響は見えませんでした」で終わります。これは間違いないと思います。

だから、それをやっていく意義はどうなのかということは、本当に考えないといけないと思うんです。

 

それで、やはり考えていかないといけないのは、調査や不安の解消の手段というのが、超音波検査でないといけない理由というのは、私にはどうしても理解できない。

他にもいろんな手段がありますよね。癌登録のデータを活用する方法とか、それから、やはり国際的に推奨されているのは、最初から超音波ではなくて、専門医がまず触診で確認して、異常がある人だけ超音波のスクリーニングに回すというのが、これが一般的なやり方です。

なぜそういうやり方を取らずに、わざわざ健康被害が出ることが確実な超音波検査にあくまでこだわるのか。これは私は全く理解できないところであります。

 

但し、こういうふうに医学倫理的なことを言いましたけども、私自身いろんな方の意見を聞いたんですけども、こういう意見もあります。

医学倫理というのは非常に曖昧なものです。法律と違いますのでね。だから、守ったほうがいいけど、それはどうかなぁという人もいっぱいおられます。

ですから、あくまで守ることが望ましいんですが、守らなければならないというものではないという解釈もあるんです

特に福島は今、非常に混乱の中にある。そういう中にあっては、医学倫理よりも優先されるべきものがあるという意見は必ず出てきます。

それに対して、どこまで医学倫理ということで強く言うかというのは、非常に難しいところではありますが、ただやはり、正しい医療行為というのは、科学的に正しくかつ倫理的に正しいものであるということは常に訴えていって、そこにできるだけ近づくような努力は、常にしていくべきだ、ということは言っていくべきだろうなと思います。

 

今後、福島での健康調査はどうあるべきかということですけども、よく放射線の影響を無視するのか、と言われるんですけども、そうじゃないんですね。

放射線の影響、それは調べるんだったら調べればいいでしょう。

不安の解消、それができるんだったら、したらいいんですけども、その手段として超音波検査というのは非常に筋が悪いんですよね。これを是非分かっていただきたい。

最低限、子どもの人権を守るために必要なことは2つです。

まず、福島県民全員に超音波検査の正しい情報を伝えること。

特にデメリット。超音波検査を受けたら受けただけ健康被害が出るということは、知っていただかないといけない。

それから、学校検診の強制性を排除して、あくまでデメリットはちゃんと分かりましたよ、でも受けますよという人だけが受けるという体制に、まずするべきです。これをしないと子どもの人権を守れないです。

県民が十分な情報を得て自分の意志で受診する体制に、まず本来の体制に戻していくということになります。

ただ、直ちに超音波検査をいきなりやめます、ということになると、多分これは本当に我々甲状腺専門医としては断腸の思いなんですが、無症状の対象者に超音波検査をすることが、まるで正義かのような風潮ができてしまったんですよ。

これは非常に困ったことで、2011年前までは我々甲状腺専門医というのは、超音波検査というのは、無症状の人にはやってはいけないということは十分に分かっていて、非常に抑制的に使ってたのに、何も症状のない人に全国津々浦々、超音波をどんどん当てていくという状況になってしまった。

ただ、この状況をもう7年も続けてしまったので、ここから急に、例えば福島の超音波検査をやめると言ったら、さらなる混乱の元になる可能性はあります。

だから、何らかの対応は取ったほうがいいと思いますが、最終的には、やめるべきだろうと思います。

 

今後、福島での健康調査はどうあるべきか、ということで、県民の不安解消ならもっとよいやり方があります。

それは。問診・触診をしてから、必要があれば超音波検査をするということで、例えば今2年に1回とかですけども、そうじゃなくて、不安なときにいつでも来るような体制にしてもいいんじゃないかなと思います。

 

この方はA子さん。元々東京に住んでおられて、震災のあとに大阪に来られた。よくありますよね、一種の自主避難者です、東京から大阪に。東京にいると放射線の影響があるので、怖いと思って来られたと。

この方は、その子どもの8歳のP子ちゃん。

これはお医者さんで、大阪府在住の匿名希望の医師、高野徹さんです。

 

この方はA子さん。この方は甲状腺機能低下症で罹かってるんですけども、非常にやはり放射線が怖い人なんですよね。

外来に来られて、こういうことを言われた。

「私は震災のときに東京にいたんです。福島で原発が爆発して、放射性物質がすごく来て、ものすごく恐くて。本当はすぐに大阪に来たかったんですけど、なかなか事情が許さなくて、しばらく東京にいたんです」という話をされたんです。

 

「私が一番後悔しているのは、私は本当に放射線に対する知識がなくて、P子ちゃんを外で遊ばせてたんです」

「ずーっと遊ばせてて、気づいたら放射性物質があちこち舞ってるということを聞いて、もう怖くて怖くて」

「被曝させてしまってごめんなさい」という感じで、「大阪に来たんです」ということを言われたんですよね。

このお母さん、たまたま私が先日テレビ番組に出たのを見てて、「この子をどうしたらいいと思いますか?」ということを相談されたんです。

 

お母さんの診察に来たんだけど、この子の診察は無いんですけどね、ちょっとサービスで診察したんですけども。

この子は何歳ですかと聞いたら、「震災当時は1歳です」と言うんです。

一応5歳までは、放射性ヨードを浴びると癌になる可能性がありますから、その年齢には入ってますよね、ということを言ったんですよね。

こういう話をするときに気をつけないといけないのは、東京なんか(放射線量としては)どうでもよかったでしょ、どうでもいいと言っちゃあれですけど、そんなに心配しないといけないレベルじゃなかったんですけども、こういう方というのは理屈じゃないので、放射線の恐怖症というのは理屈で説明できないから、全否定しちゃダメだと思うんですよ。

こんなに不安を抱えてるので、それをこのぐらいの幅に狭めてあげて、それに対する解決を出してあげるのがいいかなと思っているんです。

そこでこういう話をしたんですけども、多分あまり影響はないと思いますけど、甲状腺が心配だったら、一応調べてみることはいいと思いますよ、と言いました。

「じゃあどうしたらいいですか?」と聞かれたので、とにかく超音波はやめてと言いました。

今はいろんなところで超音波をやってるけども、甲状腺の癌、子どもの甲状腺の癌というのは、ものすごく性質がおとなしくて、良性とほとんど区別できないようなものだから、全然早く見つける必要はないし、仮にこういうしこりになって出てきたとしても、その時点で見つけてあげたら命を取られることはまずないから、だから慌てていろんなことする必要はないよと教えました。

そうすると、かなり安心されたみたいです。

でも、それでも心配だったら、まず避けないといけないのは、子供のときからものすごく小さな癌ができることがある。小さな癌というのは、たいがい一生悪さをしないもので、そういう小さなものを見つけてしまうと、その時点で一生悪さをしないものでも、この子に癌患者と診断名がついちゃうから、そりゃまずいでしょ、ええ、そうですねということで、だからそういうわざわざ見つけないでいいものを見つける必要はないから、少なくとも超音波はダメ。

じゃあどうしたらいいかというと、しこりになった段階で見つけたらいいので、その状態で見つけてあげるように、工夫しはったらいいと思いますと言ったんですよね。

 

「じゃあ具体的にどんなことができますか?」と聞かれたので、一番いいのが、小児科のお医者さんとか私とかの甲状腺の専門医でもいいから、触ってもらったらいいと思いますよ、5秒で済みますからということで、「じゃあ先生、私が患者なんですけど、この子も触ってもらえますか」というので触りました。

こうやって、うーん くすぐったくないかな? 大丈夫? うーん、ちょっと触るよ、ハイハイハイハイハイって5秒で終わるわけですよ。

お母さん、特にしこりはないし大丈夫だと思いますよ。でも心配だったら、例えば風邪とか引くでしょ、風邪とか引いたときに、小児科の先生のところに連れていって、ついでに首も触ってもらったらいいんですよ。触るだけならタダだしと言って。

これ、どっちがいいと思います?

超音波は、来て、5分間なり当てるんですけど、黙って当てるでしょ、こうやってイーって。子どもは怖くて泣き叫んだりするんですよ。

こうやってお母さんと話しながら、子どもと話しながら触ってあげる。もしそこで異常があったら超音波かけたらいいと思うんですけどね。

なぜわざわざ最初からいきなり超音波なのかというのが、ちょっと疑問な点があるんです。

 

ということで、 A子さんとP子ちゃん、最後「さよなら」と手を振ってくれました、ということなんです。

 

ここでこういうことを話すと質問が来るんですけども、超音波検査をやめて触診にした場合に、見逃して手遅れになることはない? これは当然心配ですよね。

ただ、これに関しては損得で計算したいんです。

どういうことかというと、超音波検査の場合、有効性は明確ではありません。大人の症例のデータの見方なんですけども、超音波検査で早期発見しても癌死した人は、いるということなんですよ。

要するに、超音波検査したって、死ぬ人は死ぬんです。なので、超音波検査しても見逃しがある可能性はあります。

当然、触診でも同じことなんです。実は、触診の有用性も全くデータはありません。

だから有用性がないという点では、こっちもこっちも引き分け。

過剰診断の弊害でいうと、触診の場合はうちのデータでは、腫瘍が1.5cm以上にならないと検出されません。

これに関しては、2-3mmの段階から検出されます。だから、過剰診断の弊害としては、こっちのほうが圧倒的に多い。

どっちがいいかなと引き算したら、こっちがいいに決まってるわけですね。

とりあえず、これをやってさらに心配だったら、超音波を受けたらいいので、いきなりこれをやる必要はどう考えてもないはずなんです。

 

6.本日のおさらい

ということで、だいたい今日のテーマはおしまいというか、最後におさらいをしてみます。

 

まず、甲状腺癌の自然史です。

私が若年型甲状腺癌と言っているものですけども、まず甲状腺癌の大部分は子どもの頃にできています。ものすごく頻度が高いです。

子どもの頃は活発に増殖して派手に転移もしますけども、治療の反応性がよいので、要するにどんどん悪くなることがないので、命を取られることは稀です。

今までは、非常に大きなしこりになってから発見されていました。それでも経過は非常によかったわけです。ほとんどが一生悪さをしません。

この若年型甲状腺癌、病理医の先生によっては良性と違うか? と言うぐらいのものなので、早期診断、早期治療が全く向かない癌の典型です。

 

甲状腺超音波検査の功罪ですが、まとめを言うと、利益はなく害がある。

超音波検査で甲状腺癌を早期に見つけても、その後の経過が改善するわけではない。

すなわち、子どものためになるからと考えて受けさせるのは、全くもって間違いであります。

一定の確率、すなわち35歳になれば、200人に1人ぐらいの割合で、本来は見つけなくてもよかったはずの一生悪さをしない癌を見つけてしまう。過剰診断の被害に遭います。

この甲状腺超音波検査というのは、あくまで親の安心のための検査です。子どもの健康を改善するための検査ではありません。

あくまでもこれは苦肉の策でありまして、誰も始めたくて始めたわけではないと思うんですよね。

なので、県民の健康改善のための検査ではないのです。

 

甲状腺癌の過剰診断ですけども、放射線による健康被害の発生が科学的に否定されている以上、福島の子どもの甲状腺癌のほとんどは、本来見つけるべきではない無害な癌を掘り起こした過剰診断であるというべきであります。

超音波検査中止が唯一の解決策です。

科学的、医学倫理的に正しいやり方にできるだけ近づける努力が必要です。

過剰診断は非常に悲惨です。福島の子どもの未来を奪います。

経過観察を勧める方もおられますけども、経過観察はもっと悲惨です。

 

福島県民健康調査は今後どうあるべきか、ということですけども、2011年に甲状腺超音波検査を開始したことは、仕方がなかったと思います。

しかし、被害を拡大しないように方向転換を図る時期に来ています。

最低限、子供の人権は守らなければなりません。

そのためには、甲状腺超音波検査の弊害について、十分に伝える必要があります。

それから、学校検診での強制性を排除する必要があります。

放射線影響の調査方法がどうあるべきかを、議論すべき時期に来ていると思います。

健康被害を検査するための調査が健康被害を出してしまっては、本末転倒のはずです。

不安の解消について、子どもに被害を与えない方法を模索するべきだと思います。

個人的には、まず超音波検査ありきではなく、触診や問診を優先する、実はこれが本来甲状腺の診断で行われているやり方なんですね。

まず触診・問診をして検査しましょうという話をする、こういう本筋の話に戻すべきであると考えています。

 

最後から2番目のスライドです。

私はホームページ上に、福島の子どもの未来を守るための3つの提言、というのをしています。

それは、「発信をする」「学ぶ」「守る」ですけども、まず発信をしましょう。

専門家は今こそ口を開くべきであります。

科学を語ることをやめてはいけません。

過剰診断を語ることは、誰かを非難することではありません。

これがやはり専門家に是非訴えたいことでありまして、専門家が科学を語ることをやめると、必ず悪いことが起こるんですよ。

これは今までのいろんな医療被害で全て起こってきたこと。だから、専門家が科学的に正しいことを語るのをやめるというのは、非常に悪い状況であると思わないといけない。

それから、よく言われるのは、過剰診断を言うとあの先生が困るからとか、この人が困るとか、確かに言われるんですけども、過剰診断を語ることというのは、誰かの悪口を言うことではないと思うんですよね。あくまで科学的に考えましょうということなので、それをもってして過剰診断という言葉を使うのをやめましょうということをやっていると、ずるずると被害が収まらないので、この辺は是非改めていただきたいと思います。

それから、学んでいただきたいということですけども、一番最初のスライドを出しましたけども、本当に最先端の医学を学んでいただかないといけない。

逆に、福島県のお父さんお母さんに、それを全部分かってもらったら、この問題はあっさり解決するんです。

キーワードは、「甲状腺癌の自然史」「過剰診断」「甲状腺超音波検査の功罪」です。

それから、守るということですけども、立場を超えて子どもを守ることで一致しましょうということで、この問題に関してはいろんな方がいろんな利害関係を絡めあってしまって、本当に複雑なんですけども、ちょっと考えていただかないといけないのは、大人の事情で子どもの健康を損ねるというのは、非常にまずいことである。

少なくとも今、福島の子どもが非常に危険な状態に置かれている。このまま置いてたら、どんどん健康被害が広がってしまうということは、みなさんご理解できると思いますから、そこに関しては立場を超えて、まずそれを何とかすることを優先して、あと、あいつが悪いんだこいつが悪いんだというのは、後回しでやっていただきたいなと思います。

私のしゃべりたいことは以上ですが、ちょっと皆さんにご挨拶したい方がおられますので、最後のスライド…

 

特に過剰くんをよろしくお願いします。

以上になります。ご清聴ありがとうございました。

 

※この講演全文テキストは、nao(@parasite2006)様が作成された文字起こしをベースに、市民社会フォーラムにて加筆したものです。nao様の労力と熱意に感謝申し上げます。

 

市民社会フォーラム第216回学習会
福島県民健康調査における甲状腺スクリーニング検査の倫理的問題
講師:高野徹さん(大阪大学医学部講師・阪大病院臨床検査部副部長)
日時:2018年4月14日(土)18:30~20:30
会場:大阪市立住まいの情報センター研修室     

開催趣旨:2011年10月以降、福島県では県民健康調査の一環として、福島第一原発事故当時におおむね18歳以下だった福島県民約38万人を対象に、甲状腺のスクリーニング検査(無症状の集団に対して超音波で甲状腺の状態を調べる検査)が継続され。現在3巡目を実施し、2018年5月からは4巡目が開始される予定です。
 甲状腺検査を含む県民健康調査の目的は、「県民の不安を解消すること」と「県民の健康を見守ること」とともに、「事故による被ばく線量の評価を行うとともに被ばくによる健康への影響について考察すること」と「事故の影響が県民の健康に及ぶ事態を想定してその予防や治療に寄与すること」とされています。
 しかし、県民調査検討委員会で、医学研究的側面を鑑み倫理的観点から評価し直すべきであるという意見が出されています。
医学者からは「過剰診断」のおそれがあるゆえに、「ヘルシンキ宣言(人間を対象とする医学研究の倫理的原則)」からして、甲状腺のスクリーニング検査の中止ないし見直しすべきとの意見も出されています。
 今回は県民健康調査検討委員会委員と甲状腺検査評価部会委員を兼務し、大阪大学で甲状腺の研究を専門とし多くの治療にもあたっている髙野徹さんに、県民調査をめぐる論争にかかわって、甲状腺がんの自然史、過剰診断、過剰治療のリスクなど、一般市民には分かりにくい医学的常識について講演いただきます。

 ■高野徹(たかの・とおる)さん
大阪大学大学院医学系研究科 内分泌代謝内科学講師・阪大病院臨床検査部副部長。
1986年、東京大学理学部天文学科卒業。90年、大阪大学医学部医学科卒業。94年、大阪大学医学院医学系研究科修了。
94年、大阪大学助手。99年から大阪大学講師。
専門は新規発癌理論(芽細胞発癌説)の確立と甲状腺癌の分子診断法の開発、内分泌疾患。