【講演録】本田宏さん講演「医療崩壊と安保法制の切っても切れない関係」

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埼玉県で外科医として活躍するなど、長年にわたり医療に携わってきた本田宏氏(NPO法人医療制度研究会副理事長)による講演会。この講演で、本田氏は、わが国の医療環境が、先進国で最低水準にまで悪化し、事実上の医療崩壊状態にあることを、様々な事例を通して紹介しました。また、社会保障制度が年々悪化する裏で、公共事業や防衛費、オリンピックなどには巨額の資金を投じる矛盾を指摘。このような状況がまかり通っている理由として、日本人のメディアリテラシーの低さや、明治維新以来続く、お上の意向に従いがちな国民性などを挙げました。さらに、自民党への軍需産業からの献金や、防衛省から軍需産業への高額な装備契約、そして大量の天下りが行われていることを紹介し、安保法制を強行する安倍政権の姿勢に懸念を示しました。そのうえで本田氏は、「今は日本にとって危急存亡のとき。あきらめたらお上の思うつぼだ」とし、デモや集会などの市民運動などを通じて、国民各層や各年代が連帯し、平和や人権を守り抜くことの大切さを訴えました。

◎講演録(要約)

 ◆深刻な医師不足

日本は先進国で最も医師不足です。その中でも、埼玉県は日本の都道府県で一番医師不足です。私が勤務した病院も、救急病棟を建設したものの、救急医がきちんと確保できないという状況になりました。しかし、メディアはこの問題をきちんと伝えません。医療事故や患者のたらい回しの問題はどんどん伝える一方、その大きな原因のひとつである人手不足についてはあまり伝えません。私は45歳を過ぎたころから医師不足の問題を訴えてきました。しかし訴えても、なかなか手強いのが実情です。なぜなら、日本は医療費を増やしたくない人のほうが強いからです。医師を増員すべきだと言うと、厚生労働省や大蔵省は反対します。その理由は、医療費を増やすと他のものが増やせないからです。たとえば公共事業、防衛費、辺野古、五輪・・・などです。また、日本医師会や大学病院の医師からも反対の声が上がります。「将来、医師が余ったらどうするんだ」という懸念があるからです。

◆どんどん切り捨てられる医療と福祉

「保育園落ちた、日本死ね」というブログが大きな話題となりました。これを問題視する声もありますが、私は心の叫びだと思います。そもそも、こんなことを言わせる環境をつくったほうが悪いのです。これを放置して「一億総活躍社会」なんてとんでもないことだと思います。

社会保障制度はどんどん悪化が進んでいます。たとえば、1988年度と2015年度を比較しますと、医療費の窓口負担(サラリーマンの場合)は1割だったものが、3割負担に改悪。高齢者の外来窓口負担は800円の定額制だったものが、1~3割負担に改悪。厚生年金の支給開始年齢は60歳だったものが、65歳開始へと改悪。今後70歳開始になるのではないかとも言われています。国民年金保険料は月額7700円だったものが1万5500円に改悪。介護保険料は0円だったものが5514円(全国平均)に改悪。公立・公営保育所の数は1万3657箇所だったものが9525箇所へと大幅に減少しています。

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ちなみに、保育所の面積(0歳児1人あたり)は、スウェーデンが7.5平方メートル、フランス5.5(同)、アメリカ4.64(同)、ドイツ3.5(同)です。これに対し日本は1.65(同)しかありません。

世界では、医療費負担は無料が当たり前ですし、学費ゼロも当たり前です。

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日本の最低賃金は、「最低生存水準」を下回っています(国連による指摘)。

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日本の生活保護制度では、支給されるべき人がもらっている率は2割以下で、先進国で最低水準です。以前、芸能人の親が生活保護を受けていたとして世間から叩かれましたが、海外ではこのようなことはありません。なぜならば、親と子は別人格とみなされるからです。

埼玉でJA系列の病院が2院売りに出されています。このうち、久喜総合病院は久喜市から36億円の補助金を受けて2011年に開院した新しい病院ですが、売りに出されました。理由は、医師・看護師不足や、診療報酬の点数削減です。いくら最新の医療設備を備えても、医師や看護師がいなければ入院患者を診ることができず、ベッドが埋まらないのです。

◆五輪やマイナンバーなどには巨額を投じる日本

一方、新国立競技場は建設費2500億円が高額すぎると強い批判を受け、ようやく減額したと思ったら1500億円。それでも最近オリンピックを開催した国々のスタジアム建設費の3倍の水準です。医療も教育も年金も最悪の状況なのに、オリンピックには大金をつぎ込む国、それが日本です。このほかにも、震災復興資金、消費増税(社会保障をよくすると言ったのに2割しか回ってきていない)、国立競技場、辺野古基地、海外へのバラマキ、原発再稼働、マイナンバー、安保関連法制、TPP・・・。お金の流れを追う(監視する)ことはとても重要です。

◆避難民10万人がいる中で原発再稼働はおかしい

私は福島県郡山市の出身です。福島県は東日本大震災で原発事故が発生し、いまでも避難している人々は10万人にのぼります。そんな状況なのに、よくも原発再稼働なんかできるなと思います。失敗を二度と繰り返さないということが、日本の偉い方々には通じないのでしょう。実は、福島は、最後まで薩長に逆らった地域です。(明治政府から冷遇され)学校が整備されるのも遅かったです。

◆メディアリテラシーが低い日本人

しかしながら、日本人は、よく言えば素直で信じやすい性格で、悪く言えば、メディアリテラシーが低いです。実際、大手メディアの報道を信頼している人が7割もいるのが日本です。対するに、ドイツ・フランス・イタリアは34~36%、ロシア29%、アメリカ26%、イギリス14%といずれも大幅に低く、国民はメディアの報道を疑って見ています。日本人のメディアリテラシーの低さは、頭の痛い問題です。

これは、厚労省および読売新聞による、あたかも医師不足が解消に向かうかのような印象操作の記事です。2011年のOECD平均医師数が変化しない前提での数値となっています。勝手に「増えない」ことにしているのはおかしいです。実際は、医師数のOECD平均はどんどん伸びています。

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「医療費40兆円を突破」「診療報酬の削減焦点」なる見出しが新聞に躍ります。これを一般の人が見たら、「医療費は高くなりすぎてるんだな。診療報酬を削らないといけないんだな」と早合点するはずです。ところが、グローバルスタンダードで見ると、日本は高齢化が進行しているにもかかわらず、先進国の中で最も医療費抑制がなされている国なのです。

◆メディアの報道はバイアスがかかっている

NHKの役員や職員の報酬は非常に高い水準です。職員の平均年収は1778万円もあります。そういう高給をもらっている人たちが報道しているのです。なぜ安保法制や原発、医療の問題などをあまり報じないのか。恐らく、ヘタに批判的な報道をしてクビになりたくないという心理が働くのだと思います。加えて、安倍首相によるメディア関係者への食事接待攻勢も行われています。権力者と食事などをしてしまえば、社会の木鐸として機能しにくくなるのは当然のことです。こういうメディア構造によって、報じられる内容にはかなりのバイアスがかかっていると考えるべきです。

◆明治維新以来変わらぬ問題の構図

「官尊民卑の官僚政治 経済界は社会貢献の意識が乏しい」―。これは、江戸末期から大正初期にかけて、官僚や実業家として多彩な才能を発揮した渋澤栄一氏が、明治時代に渦巻く諸問題をズバリ指摘した言葉です。この指摘は、100年以上の歳月を経た現在も改善されているとは言いがたいものがあります。

現在の日本においても官尊民卑(官僚主導、天下り、医療福祉後回し)が依然として続いていますし、そして経済界においては派遣切りや医療福祉後回し(非正規雇用増加・ブラック企業問題など)が渦巻いています。果たして日本は、本当に民主主義国家なのでしょうか? 明治維新は薩長の武士によるいわばクーデターです。明治時代の「官」は、その薩長の名残りです。日本でも、士農工商の身分制度に異を唱える「四民平等」主義者がおり、これを唱えた坂本龍馬は大政奉還が決まった1か月後に暗殺されました。江藤新平、西郷隆盛も不遇でした。明治維新政府からすると邪魔な存在だったのでしょう。そして、太平洋戦争の敗戦によって終戦を迎え「戦後」となるわけですが、その「戦後」の日本とて、進駐軍が示したタナボタによる民主主義であると言えます。

このような状況を見ると、日本は「クレプトクラシー」(収奪・盗賊政治)による国家だと言えるでしょう。

◆充実したキューバの医療福祉

私は3年前にキューバの医療福祉事情を視察しました。キューバはアメリカや西側諸国からの長年にわたる厳しい経済制裁によって、厳しい国家財政が続いてきました。しかし、国民所得が低いにもかかわらず、医療も教育も無料です。その一方で、たとえば、医療を受けるのは無料だけれども、医療提供に本当はいくらかかるのかという費用が明示してあります。これは、むやみに医療を受けないようにと戒めるための教育の一環です。

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キューバの人々は、みんな表情が明るいです。将来への不安が少ないからでしょう。大学へ進学するのに多くの学生が奨学金を借り、返済に不安を抱える日本とは大違いです。

これは高齢者施設です。日本では入所するにも非常に高額なうえに、入所待ちがとても長いが、キューバは年金支給額の7割と決まっています。3割はおこずかいです。年金がもらえない人は無料となっています。

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このように、「弱気を助け強きをくじくのがキューバ」であり、「強気を助け弱気をくじくのが日本」だと言えます。

◆日本人は12歳の少年のようなもの

キューバ革命の父とされるホセ・マルティは、明治維新後の日本について、著書で「首相や取り巻きが国の収入や運命を手中にして、自分たちの高い身分の保証と利益のために、国民を無知と貧困の状態に置いていた」と記述しています。

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敗戦後に日本に進駐したマッカーサーは、「現代文明を基準とするならば、我ら(アングロサクソン)が45歳の年齢に達しているのと比較して、日本人は12歳の少年のようなものです」と言っています。政治に関心がなく、言うことをそのまま聞く日本人。果たしていまの日本人は何歳になったのだろうかと思います。

米国のキング牧師は、「世界最大の悲劇は、悪しき人の暴言や暴力ではなく、善意の人の沈黙と無関心」と言っています。

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◆金持ちが戦争を起こし貧乏人が死ぬ

なぜ安倍政権は、安保法制強行によって、「戦争する国」にしようとしているのでしょうか。これは、日本の軍需産業から自民党への企業献金、そして、防衛省からの高額な契約と大量の天下りがあることも無縁ではないでしょう。フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルは、こう言っています。「金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ」―。

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では、私たちはどうすればよいのでしょうか。「あきらめたらお上の思うつぼ」です。目覚めなければなりません。いまは、日本にとって危急存亡のときです。「四民平等と米国からの独立」を目指し、デモや集会などの市民運動を通じて、国民の各層や各年代が連帯していくことが重要だと考えています。【了】

◎講演概要

市民社会フォーラム第175回学習会 十三藝術市民大学社会学部
本田宏さん講演「医療崩壊と安保法制の切っても切れない関係」

日時:2016年4月15日(金)18:30~20:30
会場:シアターセブン BOXⅠ(大阪・十三)
講師:本田宏さん(NPO法人医療制度研究会副理事長)

政府はあらゆる世代に医療費の負担増を計画しています。 参議院選挙の結果にかかっていますが、このままでは来年から、受診するたびに100円~500円を窓口負担に上乗せ、75歳以上の窓口負担を二倍化、70歳以上の患者負担限度額(高額療養費)の引き上げ、入院時の食費・居住費の負担増、湿布薬・うがい薬・痛み止め・漢方薬などの保険外しをはじめ、介護費用の負担増も実行されかねません。日本は一路、医療崩壊の道に進んでいくのでしょうか? 日本の再生のために医療制度の問題を切り口に精力的に発信されている本田宏さんに、安保法制も含めて日本の病理的構造にメスをいれるよう、ご講演いただきます。

◎講師プロフィール

■本田 宏(ほんだ ひろし)さん
1979年医師免許取得後は36年間外科医として生活、最後の26年間は全国一医師不足の埼玉県の地域急性期病院(済生会栗橋病院)で勤務。
2014年に還暦を迎えたのを機に、2015年3月で外科医を引退、
医療再生のために情報発信活動に加えて市民活動等へ積極的に参加し、国民の幅広い連帯を目指している。
NPO法人医療制度研究会副理事長。
著書に『本当の医療崩壊はこれからやってくる!』(洋泉社)など。